2023年8月30日山崎泰寛先生と語る「フクシマの現在」 作成:20230904 佐藤敏宏

その2

山崎
:それをなんサイクルもやるんじゃないの?
佐藤:そうなの、そうすると大いに儲かるやつがいる(笑)戦争に代わる究極の尽きない資本主義の種ができちゃった(笑)永遠に飯の種が尽きない、原子炉がお金がわき出る泉に変容したんだと・・・そう見えちゃうね・・俺には。
良識ある政治家なら、6号線から東側を二つの利権に分けず全体を利権統合し計画を立ててから、特定原子力施設の廃止措置作業に12年も経ったのだから、もうとりかかるべきだよ。総理大臣ならそう考えるでしょ、お飾りなのかもしれない。二つの利権のまま廃止措置作業を進めている点は俺には理解できない、語り合い一本化し全体計画を持てば双方の得意技を生かしてコスト削減も原発できなくなってから後期(廃止措置)も短くできるでしょう。場当たり的で総合的に廃止措置計画たてられないんだろうか?

プルトニュームの半減期10万年と言ってだけど、モック燃料にして原発で燃やし発電すると変質して数千年に半減期が減るんだという。だけど、モッククス発電は燃料費が高価になりすぎ割に合わない、だから世界のどの国も手を出さない。



伝承館あれこれ

佐藤:山崎さん食いもの喰わないね?
山崎:桃ですか?
佐藤:そう。
山崎:今朝の桃は甘かったですね。うん柔らかい。

佐藤:福島の桃は堅いからうまいんだけど1日経ったから柔らかくなって市販品に近づいた(笑)

山崎
:明日の朝いただきます。

佐藤:冷蔵庫に入れておこう、色が悪くなるけど明日喰おう。

山崎:とにかく夏に行く行き先として佐藤さんが良いかなと想って。

佐藤:なるほど過酷な世界最先端都市をチラ見しに来ちゃったね。福島に来てしまった動機は分かったけど。今日一日回ってフクシマで被災している人達へのアドバイスというか何か、外からやってきて観たときに「こうした方がいいんじゃない・・」みたいな点があれば。いま勝手に俺が話したことで気付いたことありましたか?

山崎:アドバイスというと分からないけど改めて見えるようにした方がいいよなとは思います。良くも悪くも特別な場所ですよね。特別の場所だから世界中の人が見たらいいと思うし。見る人が少なくっても、多くっても、さっき話してもらった放射能棄物処理の結果は同じじゃないですか?
幾ら見ても同じだから、それだったら多くの人は見た方がいい。何か分からないけど見えるようにすべきだし、まだいろいろ学芸員の方、本人も足りなさそうに言っていたけど、伝承館の学芸員の方が言っていたような、ある客観性を持って集めた物はもっと見られて欲しいですよね。
それはああいう変な施設だけではなくって、帰れなくなって残されたままの家とかどういう扱いにするのか?佐藤さんの質問によっていろいろ話になってましたけど。避難してしまい帰還できなくなってしまった、ああいう家も展示物ですよね。震災遺構ですよね。それが残ることの方が重要だし、世界の人も観たいと思う。

佐藤:敗戦後、高度成長期を伴った日本社会は、その時期とは全く違う位相に入った事は自覚出来る、あの施設(福1)と物があるものいいよね。現在進行している物の意味づけは難しいと思うけどね。
山崎:それは難しいですよね。最初に学芸員の方が言われていたけど、集めながら展示を作るという。無茶過ぎるって・・・。

佐藤:展示しないで収集し記録し続けるという方法に換えないと後々展示できなくなるんじゃない。こういう順序で、こうなってここに物があると展示物収集するまえに筋を考えてしまい押しつけて展示しているんだよね。だから原発事故とその後のフクシマを社会を全体を見通せるように、伝承館と言い張るならこれからでもいいから、そういう覚悟で集めろ!核廃棄物も展示しろ・・・とするしかない訳だけど。

山崎:あとは美術館とかもそうだと思うです。受け入れた資料を、例えば「その年の年度予算で新しく買った後の作品をこんなコレクション新しく増えました」とお披露目しますよね。ああいう感じで新しく得る資料をたくさん有るみたいだから、それをストーリーに合わせないで、資料として。
佐藤:集めた物から見せてしまう、今年のデブリはこれぐらいですと水で遮蔽すれば放射線は出ないのでね。
山崎:そうそう。ご開陳みたいに。あれは良くないね・・・あれはおかしいと思うんだけど、そういうのとは無関係に部屋を行ったり来たりできるようにしないといけないんですね。ああいう変なあんなに広い所なににあんな広い所を作ったりして 1階の広場は意味が分からないんだけど。


原子力災害の伝承ってなに?

佐藤
:建築計画じょう変だよね、あの空間構成は。山崎さんが指摘するようにするには伝承館の2階の平面では問題が多すぎるし1階の先細り湾曲するホールは無駄だし1、2階の展示品と連携して使えないので全体計画がおかしい。学芸員の方も大変使いにくい構成になってしまった、1階奥の図書室も誰も使わないようだ、人がいたのを見たためしがない。

山崎:モノスゴイ広いにのにね。

佐藤:公文書開示請求申請して伝承館の展示と建築計画前の関連資料はまだ読み込んでいない。だけど、1階を展示場にして2階が学芸員などの部屋にして 展示場とホールに折々展示する各展示物をも往き来出来て、机があり学習出来る体験時間のためが可能な空間構成になるべきだよね。現在の2階展示室と廊下の関係だと無駄な長い斜路を徒歩でぐるぐる登り一方的に押し出されて、狭い入り口に貯まるし、仕舞いは原発と何か関係あるのかあのでかい空虚なドローン見せつけられてお仕舞いになる、展示だ。行きつ戻りつ考えながら見ることが出来ない。

山崎:一方通行だものね。あの展示手法はストーリーありきで、こういう風に理解してくれという。
佐藤:学芸員の方は、立ち上げ時の企画に関係していないと語っていました、気の毒すぎますね。

山崎:そう言っていたし、そうじゃない展示をしようしているのは分かったから学芸員としてはすごく正しいと思う。専門性としてもそれでこそだと思います。
だけど最初にプランした人は・・・原爆資料館もそうなんですけど、一方通行なんですよ。あれは性質がちょっと違っていて途中で町を見たり、ストーリーの中にも起伏があるんだけど、伝承館はユーチューブで10分ぐらいで見るみたいな動画を細切れにして資料ばらまいて、順番に歩くスピードだった。「誰もが同じものを見て、誰もが同じように感じるようにすべきだ」という考え方で展示室が出来ているから非常に浅いというか薄いというか、狭いというかね。

佐藤:一方的押しつけだろうと。あなたが伝承したいのと被災民と観客に押しつけている。

山崎:日本的な意味のPR施設ですね、パブリックリレーションじゃなくって、アピールするためのプレゼンテーションにために施設になっているから、それは。でも分からない。
伝承って民俗学的な意味の伝承はもっと何百年とか千年単位の出来事を伝えていくためのものですよね。そういう意味では伝承館の展示をやろうと思ってからは、ここ5年ぐらいのことだから、それを伝承というにはあまりにも最近すぎる。だから伝承というよりは、学芸員の方がいっていたように博物館みたいに、出来事の記録と展示。

佐藤:原発事故は現在進行中だから、あの地には現在も悩んでいる人がいる、悩みの元を持っている、そういう物を羅列していけばいい・・・と思うんだけど、まだ時間のためが浅すぎる。事前に物語をつくって、他の展示を許さず押しつけてくるのは悪質に見えてしまうよね。原子力災害の伝承と語りつつ押しつけてしまう。

山崎:伝承って一つのものを、こっちの民話だとこういうふうに言っている、隣の町の話だとこういうふうに言っていてと。一つの鬼がいて出てくる鬼に対する物語というのが町によって違うというのが伝承の面白さだと思うんですけど。今日の伝承館はそういう揺れとか、ブレとか、ふくらみみたいなものを認めない形になっていて・・・。

佐藤:復興ファシズムふう〆の部屋もあるよね、酷いよね。

山崎:すごく単線的だし、単線というより線だけが示されていて、どこで引っかかっていいのか?誰もピントこないような形になっていて。

佐藤:伝承館の広1階のスペース、毎日伝承系ワークショップして、その作業を見せて参加してもらいつつこれを展示しようと決める姿を見せるといいだけどね。
突然原発事故と関係ない所から来て突然そのwSを見てそれの作業に出会ってもすごく面白いと思うんだ。伝承するのはこれですよ・・・100年後のための展示品を選定する作業とその過程を見せない。だから伝承館に入ると決めつけられているな・・・という印象をもつ。現在進行形の問題なのに既に伝承する内容が決まっている(笑)そう思わせる施設。その点が補完されつづけ公開されていないのが問題だよね。

山崎:そうです。何かドラマチックに伝承というよりはドラマになっていて。
佐藤:押しつけている・・・・原発事故が収束していないにもかかわらず、復興ファシズムを押しつけてると感じるよ。もうちょっと上手に嘘をついたらどうなの?とは思っちゃう。

山崎:分からない。伝承館はどうなんですかね、これからなんじゃないですか(笑)

佐藤:俺たちはこう思う伝承だけど、あなた達はどう思う伝承なのか?という一緒に原子力災害の記録と記憶をつくり伝承していきましょう?という呼びかけが無いからね。従来の義務教育のように教科書でもって押しつけて原子力災害の現場の世界だと示されてる気分なる。

山崎:もの凄い遠くに在るから「一緒にやりましょう」と言ったときに一緒の対象が・・・今一体どこに居るんだ?と。すごく分からなくなるというか。

佐藤:それにつては世界中の人がフクシマ原発の被災当事者だと俺は当初から思う。誰でもいつでも伝承館に行ってワイワイすべきです。
山崎:そうなんだけど、例えば車の運転出来なかったら、伝承館に行きにくいじゃないですか。
佐藤:ああ、俺だね(笑)俺は50才で自動車を運転しくなったから、自動車に乗せてもらってしか伝承館に行けないよ。

山崎:例えば九州にいたらとか、どこにでもありうるわけだから。本当は東電の廃炉資料館だって現場にも在っていいけど、東京にも在るべきだし。伝承館もそうかもしれないし、原子力災害については国立博物館とかでやる展示かもしれない。
佐藤:そうね。

山崎
:そういう気持ちになる。









佐藤による特定原子力施設(F1)体験記録を読む
■小さく、見えな 関係者を分解し 全体が不可視へと導かれる

佐藤
:さっきも言ったけど、福島に封じ込めたいというベクトルは発災・事故当初からある、そう感じ見えている力だ。日本中、世界中の問題だというベクトルはことごとく政府は押さえつける、そうはさせないとマスコミに忖度を強いる、問題を小さくし隠す力は最初からある。
福島県の原発事故だけ、あれは特殊な問題にしたい。
そういうマスコミ情報を流し広め続ければ東京在住の人も関西在住の主権者も「あれは福島のことだから東京圏、関西圏に住む私には関係なことだ」思わせる、主権者をアンダーコントロールしてしまう。そして乗り切りたいと思っている。事を小さくして日本中に拡散させず皆が考えない、そこでやりたい放題する。
収まりがつかなくなるからね。政変が起きると思うのでとにかく「事態を小さく見えなく、考えさせないようにしている」

山崎:伝承館の今日の企画展になっていた、(進入を禁ずる)看板がずらっと並んでいたりするので(よそから来てきると)面白いじゃないですか。ああいうのは始めて見たのでもっとやって欲しいし、逆にどこでも展示出来る。

佐藤:当事者なら、原子力債害に遭ったなら、これぞ伝承すべきメイン展示品と思うでしょうね、検問所があって20km圏内には入れない時間が長かったからね。伝承館の最後の一人乗りドローン展示、あれ事故当時フクシマに無かったので伝承したくない品の一つだよね(笑)。

山崎:そう、今日、話を聞いてあっちがメインだなって思う。

佐藤:おれが伝承館だめだと思うのは丸い冗長な螺旋通路の無意味さ。あの面積でクロニクル貼ってるだけ??登りきる、そこに在る入り口の展示部屋が狭い!そこには事故が起きるまでの情報があるけど、入り口に広いホールが在るんだから、そこに展示して寺銭を取る情報なのかよ?無料で見せればいい。無意味な筒状の映像と見にくい斜路のクロニクル展示は入り口に広げ展示し、足下に無料の資料があれば家に持ち帰って復習することにすればいい施設だ。

1階が展示室でよかった、ホールの展示と展示室を往き来できて学び体験できることになった。来館者が鑑賞経路を自由自在に選び作る、そして知りたい原発事故体験が出来るようになったはず。
展示品見に来るんだから、玄関で入館料を取る、あるいは無料で、いい国税で維持管理しパンフレットは売る。そうすると各自の原子力災害伝承が作れる、それを残し展示する。観るのに1日2日ぐらい掛けていい。産業革命から原発事故までの決定的な近代の終焉の事例をちら見で鑑賞出来てしまうようにしたことが間違いだ


原子炉事故現場を向いてない伝承館??

佐藤
:伝承館の現状の作りかただと、個人で伝承することを作れない。で始めて体験したときに設計が間違えているなと思った一つは第一原子力発電所に軸線が向いてないこともそう思わせる。
1階が展示室で2階が学芸員などの部屋でいい、そうすると長い廊下も不要になるし展示室を広く出来た。原発事故前の古い時間と今起きている原子力災害の時間を往き来し横断させることを禁じている設計意図、空間構成になっているよね。伝承するといいながら強制ですね。

山崎:伝達ですね。それだけみたいな。

佐藤:被災者からの伝達は一切聞かない、展示しない。悪質さに見えてしまう愚かさをもった伝承館建築。その点には学芸員の方はかなり抵抗し続けていて、企画運営をしている姿に触れまた好感を持った。全部ゴミなんだから、意味付けして物語りを付けて脱ゴミ、展示品を発明している。皆で原子力災害に出来たゴミを展示品に発明し続ければいい。それを学芸員の方は素直に伝えていて希望がもてた。ゴミがたくさん持ち込まれちゃうから上司は嫌がるだろうね(笑)

山崎:ゴミ一杯持ち込まれると増築しなければならなくなる。

佐藤:伝承とは無関係のだだっ広い芝生、自動芝刈り機が往き来している場所が空いている。原発はゴミ発生装置だったと思い知るよね。

山崎:そうだよ。増築したらいい。何とか産業センター、あれのさらに南に造って、オセロみたいにね

佐藤:海側東側に増築して塔もつけて原発の煙突や建屋を見えるようにし、歩いて廃炉措置現場のまで往き来できるように整えるべきだと俺は思ってました。
山崎:どういう経緯か分からないけど、原発現場を見れるようにしないとダメですよね。

佐藤:そうなんだよ、見せよ!見えるようにせよ!最初から俺が言っている。直線で原発まで切り通し造って原発廃炉処置現場を直線の先に見える、歩いて処置現場に行き来できるようにする、それが俺の私案。中間にある山というか丘は海抜60mほどで、原発は炉海抜10mで全体の構内台地は35mほどだ。
伝承館と廃炉処置現場を往き来する経路を新設して往復2時間掛けて福島の台地も眺めつつ、汚染水放流で大騒ぎしている目の前の海も見つつ逍遙できる施設にすべき。伝承館と廃炉処置現場も往き来出来ると体験の選択肢が増える。
福1廃炉はいつまで経っても終わらない、未完の廃炉が在る場所で300年後の人々にはとても貴著な場所になってるんだよ。私案だと廃止措置その、作業中の様子が見えるようになっちゃう。

山崎:それって動物園じゃないけど、本当にそういうことですよね。そういう動態展示をすべき件ですよね。

佐藤:卵型の中に廃炉作業、措置作業をしている人達が一杯いるのが見える。現在は東電の施設だということで、被爆も管理しているので見せないんだけど、作業の様子も見せるべきだ。そういう議論が起きるように今年の3月末ぐらいから私案を計画し伝えるためのスケッチや絵コンテ描いて、テーマ曲の作詞はしちゃった(笑)

東電や政府が処置しているのは正しくって間違いがなく、見えなくして問題はない、任せろという姿勢を示される。安全神話が崩壊した場所だからそんな安っぽい手法が未だに通用すると思っている。おろかだ。科学的正しさを示すというがIAEAに俺は知り合いいないし、訪ねる気にもならないよ。

山崎:仮に彼の判断と作業が正しいとしても、それは見せ方の話とは別だから。害が大きいものは小さく成った方がいいし、それを見せなくするというのはちょっと逆。
佐藤:悪質に思う。
山崎:悪質というか、わざとなのかも知れないけど、わざとじゃないにしてもそれを良心だと思っている心根が貧しい。

佐藤:伝承館と原発の間に交流館を建てて明らかに原発現場を隠してしまった(笑)

山崎:あれは双葉町でしたか、ほんとうにしょうもないですね。あんなに広い所に交流館がなければ伝承館の屋上からも原発の排気筒の先がチラ見できたはずだよね。

佐藤:伝承館も原発の方だけしゃなく、360℃見渡せる望楼を造っても問題なかったよ。EVで直接登り見ると、原発と双葉・大熊の台地が一望できて太平洋も見える。100mほどのタワーを造ってしまえばいいわけだ。



東電構内で集合写真の例 東電構内は撮影禁止である。絵は経産省の木野さんにいただいたデータ。(佐藤、左から2人目Z)後ろは1号路とベントのための鉄塔で30m高さ、半分に切り、蓋がかぶせてある。  佐藤による特定原子力施設(F1)体験記録を読む
■タワーを造り眺めたい 地下水は本当に湧いていたのか?

山崎
:廃炉措置現場の周囲のいろんな所にタワーを造ったらいいんですよね。
佐藤:今は中間貯蔵施設のなかにある既存施設がそう言う役割を担っているとの説明、人気スポットになっていと言ってたね(笑)帰還困難区域だから簡単には入れない、今は。
65mのタワーも良いけど俺は切り通し堀つくってしまい、そこで出た残土を海の一部に埋め立て基礎としてピラミット10基が佐藤の私案。廃止措置作業をしている現場に近づくほどに周囲の景色も記憶に残しながら、その路を往き来出来るといろいろな問が見える、今見えない場所に造っているのも分かるよ。
福1は両サイドに川や谷をもつ地形を体験することにも成るから、あの場所に地下水がわき出ているなんか考えにくいことも考えることになる。地下水が流れていても谷や川側に染み出ると推測するのが正常人が思うこと。
原発構内は馬の背のように両サイド川と谷があるところに造成した。東電の正門まで行くと分かるけど、一度10〜15m下がって、東電の敷地付近からその分を登り正門に至るんだ。原発の在る所に都合良く地下水が吹き出るのか?だったら原発稼働していた時から地下水は大問題だったはずだ・・・そう思うよ。

太平洋の反対側に2000m級の山々がある伏流水があったわけではない。冷却水を確保するためにダムを造ったぐらい。じゃぶじゃぶの地下水が構内に当初からあった?ならその水を冷却水として生かすだろう・・・と思うんだうよね。どうやったら日に500から100トンの水が溢れたのか?疑問が残るんだよ。ダムからの冷却水用の給水パイプが壊れてだだ漏れになっている、など・・・何かあるんじゃないかな?原発周りを素堀してしまえば分かることだけど12年完問題だと言うばかりで素ぼりに手を出さない、経産省と環境省の境界争い、がちコンしてる境界線が汚染水問題の解決を手こずらせる。

伝承館の方も語っていっていたけど福1原発建設時の映像が3本ある。一部ネット動画で公開されてもいる。原発事故発生直後に俺はその2本は見て考えた。どのように造られたんだ?その映像情報要る時期だったからね。

用地買収は県の土地開発公社が買い集め東電へ。そこからは初めに測量して、気候と海流調べ、環境アセスメントという言葉は無かったけど、どこから採石運んでくるのか?どこに冷却水用のダムを造るのか事前の測量も、それらの資料は東電に全部記録があると思うのね?そういう厳密な調査を尽くして、基礎工事に影響を与えるだろう地下水が流れ込むのをチェックしてないはずはないと推測する。

原発事故が起きたら都合良く地下水が流れて来ている・・・と言い出した。冷却水をたくさんいれていただけなのではないか?と邪推してしまう。

東電原子力のビックボスだった豊田正敏さんの言うことにはGEには10mまでしか汲み上げる揚水ポンプがないので設計変更になって多額の請求書が来るから・・台地を25m削って、凄い土量だぜ・・そこに1号機をターンキー契約でこしらえたと語っている(『原子力政策研究会100時間の極秘音源─メルトダウへの道』p209参照)

25m削った海抜10mの土手から地下水が漏れ出て処置している様子が写ってないとおかしいよね。地下水の話は俺は腑に落ちない。いかさまだろう・・・と邪推が終わらない。なら事故後に東電敷地に降った雨水がその層からも染み出てくるだろうとも。通常も土留め壁から水が染み出ていたはずなんだけど。事故前の湧き水情報が無い。

東電の敷地は民間施設の構内なので、俺が自由に出入りして土手を調べることは出来ない。一方的な情報を鵜呑みにしておくしかない。出入りさせず口を封じて、彼らの情報だけが流れ出てくる。だから信用できない。現在は4号炉の冷却水が多量に要らなくなって500トンから100トン前後の使用水量で問題なくなったというだけじゃないのか?

坂を登り切ったところに東電のF1正門がある



東電道の中間あたり遠く先に見える丘が東電の構内。道路の両サイドは帰還困難地域で立ち入れない。




第三者のレビューを受けず

山崎:レビューを受けてないんですよね。第三者のね。本当に構内には入れなかったので残念なんですけど。今日は見ることができて良かったな・・・。なにも見てないと同じと言えば同じなんだけど。

佐藤:敷地内に入ってても構築物だらけで広い、案内されるままに受け入れてしまい、問題を発明することまで至らないからね。

山崎:とにかく高い所から見たいですね。
佐藤:グーグルアースがあるけど。東電監視衛星要るね(笑)

山崎:そういうのではなくって、

佐藤:ドローン飛ばす?
山崎:ドローンじゃなくって、それだったら自分が乗らなければいけない。自分で見たい。

佐藤:廃炉措置現場全体を肉眼で見たいと思うのが正常だよね。でドローンの絵も描いた(笑)護福まちをそのドローンで見て回る。1人乗りと3人乗りデザインしちゃったよ。上から見たいよね。
山崎:あと前の海からも見たい。海から見るツアーをしてほしいな。

佐藤:海から見るとF1とF2に間に10基ピラミットが並んで見えるよ、俺の幻視だけど
山崎:笑)
佐藤デザインの廃止措置(護福まち)全体を見回るめの1乗り、3人乗りの自動制御ドローン案

防潮堤 焼却灰処理施設案 屎尿処理場に関する聞き取り体験


佐藤:現場に立つとみなさん上から見たい!海側から見たいと思うことは一緒だよね。建築系の人だけそう思うのかな・・?

山崎:ジャンルと関係なく見たいと思う気がしますが。だから直接ああいう福島の海沿いの湿気とかにおいとか風とか、暑さとか。
佐藤:俺の暮らす中通りよりは浜通の方が暑いよ。
山崎:暑いですね。風が湿ってて暑い。防潮堤みたいなのも久しぶりに見たし。やすやすと越えられそうですよね。

佐藤:津波で阿武隈川なとの堤が決壊した場所を見てあるいて分かったんだけど。堤は台形だけど川側が強めに造ってある。それが決壊する理由は水が溢れた瞬間に町側の堤を流れ落ちて堤の土が勢いよく下り堤を削り続けて。水圧に耐えられなくなって抜けてしまう。防潮堤は堤の両側がコンクリーとブロックで覆っていて抜けないように設計している。越えたら町側に海水が流れる。ちょっとは学習して防潮堤を造っている
山崎:笑う

佐藤:決壊の現場に何度か立ったので、そういう事だと実感しました。なんで易々と決壊するのだろうと思った、どんどん川を遡上して行き続けるのだろうが・・なぜ決壊に至るのか。洪水が起きても堤を乗り越える想定はしてない、と津波が堤を溢れるのも想定してないと同然だった。

山崎:裏側も造ると工事費倍になるからですかね。

佐藤:毎年、洪水起きて大騒ぎで土木屋、大忙しで・・・いいかと・・100年に一度は堤が抜けるのは想定しているのかもしれないね。調べてないです。

福1の廃炉措置現場は誰でも高所から見ることが可能にことが肝心だ?記録しておきます。
山崎:観えるといいと思う。
佐藤:今は逆に作業しているね・・・見えないように小さく語るようにしている。海に放流してあやふやにしてしまう・・・酷いよね。俺が草案描いて見てもらってるけど、見ると賛同するね。でも。あの提案を正式に発表すると首長を頭に多くの方々から攻撃の対象になるね。どうやて罵声の嵐を防ぎ生きるか、癌だからそれほど生きないけど攻撃防御は事前に対策練って対処したいよ。

山崎:今って基本的に「見える化の時代」だから、なにもかも見えるようにしないと信じてもらえないはずですよね。

佐藤:私案を見せてしまうと福島の台地を核のゴミ捨て場にするのか!福島県内部からも攻撃されるね。で、福島の台地に核のゴミを保管して管理するのは何が問題なの?・・・と思う。核ゴミ捨て隠蔽じゃなく、皆で監視し続けるために福島の台地に置く。攻撃するなら何処に持って行き保管する場所が福島県外にあるのか?・・・その人達に教えて欲しい。戦略を持たない単なるクレーマーかもしれないので。
山崎:めちゃくちゃお金とればいいんじゃない。

佐藤:帰還困難区域はそれぞれの町役場が新しい産業地として示す計画を決めている。で、内容は核のゴミを預かり保管して研究する新産業のための土地にしようと・・・。県土から保管料だと思うけど、環境省と経済産業省の外部団体が既にあの台地は支配ししまっている。だから、国家プロジェクトにしないと国から永遠に尽きない預かり賃を福島県民が受け取れないよ、福島県民は、なんでも金目当て・・・とまた言われるね・・・。おまえら隠しながら利権分配し金儲けしているじゃんないのか?
安全確保して自由に廃炉現場を見ることが可能に整えれば、観光客も一杯世界中からも来る。

   佐藤が私案である「護福まちの」全体計画を山崎さんに説明している

深刻ぶって隠し続けてると、どこに問題があるのか?混乱して福島県土をさらに汚染し続けるだけだ。最低の脳味噌の仕業だろうね。核のゴミ置き場と保管所、関連死者の慰霊施設を統合的にデザインした。


田島征三より依頼された、東京・三多摩地域の27市町村、365万人のゴミを焼却処分する施設の代案を作成東京都議会に配布(1993年頃かな)
佐藤:1990年前後は水問題をワイワイやって、全国各地を見てあるいてました。また「東京都下の焼却灰置き場をデザインしてよ」と依頼があって、絵本作家の田島征三に依頼費用はなしと言って会いに来たので焼却灰とゴミ置き場をデザインしていた。その経験も生かして福1廃炉措置放射能ゴミ問置き場の題は考え私案を作成している。東京都下の焼却灰、あの時は2キロ四方のゴミ置き場とリサイクルと池、さらに焼却灰置き場をデザインして、東京都の代案として都議会に配った。もちろん却下されてしまったけど。

水問題は1991年に朝日の若い記者と連携して福島県県北の広域下水施設の問題を掘り起こし記事として連載してもらった(全8本の記事)。あのときは全国各地に出向いてはワイワイしたよ。淀川の水が京都の生活排水で汚れて流しトリハロメタンの含み水を大阪市民が飲んで癌が多いことにどう対応するか?琵琶湖の水の汚染を合併浄化槽を設置して防ぐ生協の運動と会いワイワイした。地域を覆う集中処理場ではなく各家々に合併浄化槽を設置することが琵琶湖生協の運動だった。スイスにも友達を派遣してビオトープと連携した水処理をしている事も知った。そこに朝日新聞の記者と合流し議論し、阿武隈川に建設される下水処理場の反対運動の歴史を掘り起こしつつ触れ、関係した地主と町長に聞き取りして歩いた。記事の一部は下)

東電の廃炉措置現場は水と核廃棄物と焼却灰と汚染土の処置問題が一緒に起きているから、俺にとっては目新しくない。放射能を含む汚染物質の除染作業に参加して環境省の講義とテストを通過して除染作業にも従事してみました。

どこへ行っても問題を隠そう隠そうとしているね。見えせない、教えない、工夫を凝らしていた。原発事故も同じ。淀川の水だと神崎川をどぶ川にして汚れを隠し淀川の汚れを制御していた・・そういうこと。

原子力発電所が爆発したら多くの人々は頭がおかしなってしまった、その姿も見てきた、福1原発事故の現場に起こる核廃棄物の問題を解決すると、今後日本各地で起きるゴミ問題が見通せると思う・。だから、未来都市を維持継続するために必要な多くの教訓と知識を得る未体験の新しい都市が目の前に現れたと思った、で興味のあるひとには誰にでもフクシマ問題に大いに関わってほしい。
文明生活に不可欠なゴミ置き場はみなさんにとっての観光地へと転換ししまう、さらに教育の現場にもなるわけです。現在浜通にある核ゴミの処理場だと楽しくも教育にもなっていないし、なにしろ明るくもない!

山崎:まじめにやっているね。

佐藤:楽しくやろぜ!逃げられないんだから、置き場ないし、俺の建築的あほ野郎なのでね、深刻な問題を楽しく対応し続けないと行き詰まりますよ。毎度毎度、嘘もはき続け隠していると、対象は10万年ゴミ出す生き物だよ。まま進むとドン詰まり。

今日は浜通を視察していただきご苦労様でしたま、寝ようか・・・。寝る。

佐藤が1991年末、朝日新聞福島支局の各務滋記者と協力しあって、水問題をワイワイ。主に屎尿処理場と合併処理浄化槽に関すること、加えてスイスに福島大学の北山研二さ先生に依頼し派遣調査してもらた
「水を洗う」というタイトルになり7回の記事にまとまった。上の記事は8回目の番外編で見開きの大きな記事となった(1991年12月14日朝刊)」



最後まで目を通していただきありがとうございました。今後もフクシマ問題に関心をよせていただき、ならば現地を体験しただければ幸いです。
作成:文責佐藤敏宏 2023年9月

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