佐藤敏宏    HOME  

2026年4月の日記     2026年3月の日記








 4月16日 時折小雨のち 

■作詞ししAIに極にしてもらう。すぐできてしまうので驚いた!

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my長男、「脱・新聞脳の証」かも。
小学1年生の入学以前から新聞愛読者(文字好き)だったmy長男。新聞脳になっちゃうかな??・・と思っていたが、放置していた手抜き親父の俺。紙面評を担当したようだ、それは新聞脳から脱した証だな・・・と受け止め「めでたい!かぎり」と思った。自分で固有の情報を発信する者になった、そのことを新聞社も認めたんだろう。(50年弱かかった、少年老い易く学成り難しか)

お茶うけに 蒸かし芋と筍の煮つけと筍めし。
春先なので薩摩芋は安値
筍も一気に安価に。(注:福島市産は放射能の影響で出荷制限中)

飯炊き爺さん 「ロールキャベツ」を作詞
 AIに曲付けしてもったよ  (ai男性歌手 採用)
愛する人と食べちゃう 言葉を追加してみる






4月15日  

のんびり・・・1970年代のフォークからロックへ移行する音楽を聞き続けてたり、動画を検索したりして過ごす。今年度は積極的に聞き取りなどの活動せず、体調を整えるつもり。

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1991年7月福島県美術館で買ったヤンセン図録より
北斎と広重の展覧会があるそうなので、図録を引っ張りだす。ホルスト・ヤンセンが描いた北斎自画像を観る(北斎に興味がない人は分からないかも)。
そこには日本人北斎とドイツ人ヤンセンの自己認識の相違を確認することが出来るので面白い。1929年ドイツ、ハンブルク生まれのヤンセン。1760年ごろ?生まれただろう、画狂人北斎の異能は西欧の現代画家にも届いている。さあて、久しぶり、墨田区にある北斎美術館以来か・・・北斎が残した絵画に会いにいくか。








4月14日 曇りのち



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ロールキャベツつくる
誰が作り始めたか知らんロールキャベツだけど・・。日本人かな?スーパーの入り口にキャベツを目立つようにどーんと幅広く積んで安売りしてた。
「貧乏飯炊き爺!これを買って食え!」と言われている気になって無視できなくって・・・。買ったキャベツに具を包み込み煮る。(具材はピンキリで際限なし)味は好みでどうにでもなるけど、キャベツの甘さは今がベスト。

HOSONO HOUSE
  隣の木蓮 眺めながら 聞いている 
 まあお茶でも飲んで 平和のことなども・・・




4月11日  のち晴れ やや風つよい日 

多様な支援についてあれこれ。
知人が働きながら両親の介護にあたっている。いろいろ聞いていると、介護を家族や専門家などの人が担うことは、限界が多すぎるように思う。単身者世帯が40%を超えるのはもうじきなので、老人に限らず、若い人でも病になれば支援が必要で、それを誰が担うのか・・その先には、家族の支援で亡くなるという夢物語を実現するのは、今後難しくなるのだろう。
介護や死、人間の仕舞い方を発明しなければ、相変わらず家族や介護支援労働者の負担が増すばかりだろう。小さな支援だが飯炊き爺さんをしている。飯炊きだけでも体力と時間を必要とする。目的合理にそくせば、健康な人は働き自身の生き方を介護で阻害されぬ社会システムを構築できればいいように思う。
涙物語的に自分の家族に看取られて亡くなりたいと想うのは、あまりにも牧歌的時代遅れのように思えてくる。飯炊き爺さんはAIロボットに亡骸などを含む後始末をしてもらえれば、他者に負担を掛けず、お陀仏できるように想うのだが。一気にはそうならないとしても、家族会議のテーマにはいいように思う。機会をみつけて話合ってみたい。

めも)我が家も老・老介護にならないといいな・・
飯炊き爺さんへの介護ロボット支援要の時間はまもなくやってくる
そ時の介護環境は人間+AI眼鏡対応か、全てAI人型ロボットになるのか、楽しみだ。金がないとAIロボット買えないな・・・政府はなぜそれらの開発に資金をどっと投入しないのか、、次回の総選挙の争点になるといいな・・・。


















4月10日  ときどき小雨

3ヶ月ごとの検査を受けるために予約制の日赤の泌尿器科へ。

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前立腺癌の定期血液検査を受ける。
今にも雨が落ちそうな空の下、いつもの赤十字病院へ自転車飛ばす。今日は通路待合が個人の家の居間のようになっていて賑やかすぎた。春になったので患者とその家族たちは陽気になっているのだろうか。
泌尿器科に関する検診は不要なのだが、担当医が「チェックしよう」ということになって、尿酸値もアウトプットし続けている。高止まりにならず、その因は食い過ぎているのか?水の摂取が少ないのか?両方か?不明だが上昇中。通風に遭いたくないので食事、質素にして量を減らそう。水も飲もう。いつものピンピン係数は徐々に上昇しているが危険値にはまだ遠い。が止まる気配が現れていない。一定に止まり続ければ、それが「俺値」なのだそうだ。
放射線治療の後遺症も抜けて、去年より心身とも元気のこの頃。財布はしおれ気味。採血係のお姉さんも「戦争のことはわからないけど、ガソリン192円で入れちゃって失敗よ、食い物も上がり財布がしおれ気味よ」と語っていた。採血時間の短い対話も担当者によってさまざまな応答があり、福島市に生きる人の生の声なので興味深い。だから採血してもらいながら話しかけている。皆さん余裕の採血態度。

■9日のFB投稿

戦国時代の日本は、なぜ旧教の連中に植民地化されなかったのか?
それを体験するために、名護屋城周囲の地形を体験しつつ資料に触れてみたくなった。「博多みるみる」ついでに─21世紀的帝国の世になった─で、ポルトガルやスペインから帝国日本と恐れられ、秀吉が朝鮮そして明を植民地化しようと企てた基地、名護屋城を観る時期がやってきたな・・・。(秀吉は天才的な政治家だったと分かる気がする。秀吉が現在の日本列島を見たら「敗戦後日本は米軍基地だらけの植民地だ!と、言うんじゃないか)





 4月8日  昨日の強い風はおさまり穏やかな晴れだった。

■鈴木博之著ー伊藤毅編『建築未来への遺産』をこつこつ読んでいる。今年度の国の予算は122兆円ほどで成立。

イラン戦争は2週間の休戦にはいったとのニュースが朝からながれていた。日本列島にある米軍基地から戦艦がイランに向かっていたので、イランとの今後の交渉は困難を重ねざるをえないのだろう。トランプ大統領に抱きつく現首相の行いも世界は記憶しつづけているだろう。あのように行為を伴い隷属の意思をあらわす総理大臣は初めて。

■FB 投稿

葉桜にかわり 雪柳など咲きだす
信夫山まもうじき芽吹き萌えそうな雰囲気 
天気次第だけれど登るのもよさそう、天辺は寒いかも





















4月6日  一気の気温上昇し暖かくなった。

■天皇家族が原発事故から15年の福島を明日まで視察する・・・と、知人から連絡あり。ニュースにもなっていた。
■my次男相変わらず本の整理をし、資源ごみへ出すなど仕分けもしている。

■ウナギを食べたいというので一尾買ってくる。中国産で1300円ほど、値下がりしているとの記事もみたのだが、そうではなかった。


■FB投稿

福島市民は辰野金吾建築2棟を幻とすべきだったのか?

鈴木博之著ー伊藤毅編『建築未来への遺産』V章建築批評クロニクル 7 1970年代「列島改造と地域の文化財」を再読していて、思い出す建築は福島市にあった辰野金吾設計による二つの銀行のことだ。1970年代は東京圏に暮らしていたので、消えかかった辰野建築の事態を知らずに暮らしてしまった。
福島市にUターンした1982年頃、日銀福島支店の保存運動の話は福島中央テレビの記者だった友人から何度か聞かされ、詳しく知ろうと保存運動を始めた女性にも会って酒を酌み交わしたことがある。夢幻と消えた建築の事などいまさら語りたくない・・・というフテた態度だったので、掘り下げることはかなわなかった。そのTV番組を探し出すことも叶わなかった。
鈴木博之著作に目を通して改めてだが、建築という文化財の保存運動とその実現の困難を指を折り数えてしまう。鈴木は「・・文化財として指定され・・・・結局は人々がその作品を大事なものと考え、それが時代遅れになった今でも、その事物の存在自体に重要な意味があると思って認めたときに、文化財は文化財になるのである。」(255頁)と1972年11月に表明している。福島市内にあった2棟は福島市に暮らす人々が「重要な意味があると認めず、文化財にもなれず幻になった」ということだろう。古建築保存に関わると文化財とはなにか、保存すべき文化財とはどういう事態なのか・・など福島市で思いめぐらすと手も足も脳も動かなくなる。そんな病に罹って久しい。だから薬がわりに鈴木博之の著書を再読したりする。鈴木は東京駅保存を実現したことは周知の事実だろう。
(建築設計を生業として暮らしていたので、写真データなどで見ると想像はつく。だが、物が存在する意味はデータで存在することは異なり、厄介で人を傷つけもする、存在自体が重くのしかかって人々を襲う。それそこが人を逆照射し鍛えつづける建築の良さの一つでもある。)市議会を傍聴し「移築し、使って保存せよ」という質疑と応答に出会った。が、あの思考態度は建築の保存そのものではない。安易すぎないか(理由省略)

●メモ)旧横浜市庁舎改修工事完成したようだ。(観に行こうかな)
1970〜5年頃の横浜市役所、この庁舎には確認申請の事前相談などで頻繁に通った記憶が蘇ってくる。改修されオープンしたとのこと。恵比寿駅から品川駅で乗り換える横浜駅からさらに乗り換え関内駅の階段を下ると目の前に村野さん設計の庁舎がドカーンとそびえたっていた。
同時期には旧東京都庁舎の建築指導課にも頻繁に通った。なにしろ事前協議の長蛇の列で岡本太郎さんの壁画と丹下健三さんのコラボでなるホールはお気に入り場の一つだったので、一打ち合わせを終えると見上げて眺めた。(あの陶壁画はどこへ行っちゃったのだろう)。20代の記憶は思ったより消えない。









 4月5日  吹く風は暖かい 桜吹雪が家の周りを吹き荒れる1日に

■米が無くなったので農協直販に行き手に入れる。10kg玄米税込み7050円もっと値下がりしてほしいのだが、イランなど中東で戦争が始まって1ヶ月過ぎたが、ますます混乱しそうなので、物の値段は下がらないような気配だ。

my次男が本の整理をしだしたので、階段と地下室がだいぶ整理され、物置に移動。処分するかは整理ができたら考えよう。

■フランス式空気入れの使い方を動画で勉強し、自転車に空気を入れる。ついでにチエンに油をさす。

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陶仏の頭

40年前に手に入れた陶仏を屋外に立てていたが、素焼きだったので徐々に凍み崩れていき、頭だけ残った。作家(一重さん)には申し訳ないが全体のままより、頭だけの方が表情と合っている・・不完全がいいな、と思って保存している。
数日前からmy次男が地下を整理し始めて、様子を見にちかにおりたらなつかしい陶仏の頭。一重さんは塩川駅そばに家があったが工房は磐梯山の西側に雄国沼によりやや下ったあたりに構えていた。遊びに行ったのはある大きな陶の座像が欲しくって直談判に行ったのだ。作家は大変気にいっていたようで手放すとは言わなかった。あの陶器の座像は現在どこにあるだろう?頭だけの陶仏を見て想像にふけってしまった。桜が散り始め気温は一気に上昇し生暖かいそよ風が吹いている。春風にさそわれほっつき歩くのもよさそうな季節になってきた。






4月4日  やや強い風の 午後から雨

■天気は下り坂なので、出かけず。本の整理をしつつ読む。 庭の桜、散りだす。

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植田実著『都市住宅クロニクル』2007年刊行
鈴木博之『建築 未来への遺産』2017年刊行

植田さんが亡くならたと知り探していて、見つからない!『都市住宅クロニクル』隠れていたのだろう、不思議なことに目と鼻の先の本棚から顔を出していた。(MY設計建築についても評されている)
植田本の隣に故・鈴木博之博士本が何冊か並んでいた。(ヘリテージマネージャー受講者にはお勧め)10年ほど前に手に入れて読んだが再読千回!ということだろう。内容は読むべきなのだが、どちらも高価なので推せない。県立図書館にもないのかな、檀一雄本返却しに行って検索することにした。

 4月2日   昼過ぎ雨あがる

徒歩で40分ほどの町に出て用事を済ませる。帰りは循環バス100円に乗り途中下車しスーパーによる。

夕方まで本を読みながら飯炊き爺さんする。


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自転車愛好者の飯炊き爺。4月から青切符・罰金徴取16種

自動車捨てて何年になったか忘れた。(少エネ生活兼ね)迷ったら不便な生活を選択しつつ足腰を鍛える。そんな暮らしに有効な道具の自転車と公共交通機関。(自転車漕ぐ漕ぐも罰金ありになったんだね。)不便を選んだおかげで足腰強くなった。普段も無茶に自転車漕いでないし、スマフォ見ながら漕がないし・・でも罰金取られない漕ぎ方しよう。








 4月1日 時々晴れ小雨も

午前10時頃震度3ほどの地震がある震源地は栃木県

新年度スタートという自覚がある4月1日となる。市議会傍聴効果だ。

福岡市へいきたいので、webで情報を集めたり、歴史に関してはmy長男のアドバイスを得たり、だんだん楽しみになってきている。

今日から義務教育における昼食代は無償となる。高校の授業料も無償となる。大学の授業料はまだ無償にならず。

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若林克友さんの木彫作品について

若林さん入選おめでとうございます+メッセージありがとうございました。(展示期間 2026/03/28〜2026/04/17 鹿島KIビル・アトリウム)
我が家で開いていた「建築あそび」のゲストの多くは著名で長命な建築家の路などを歩んでいる人が多い。若林さんは日本大学工学部で建築を学んでいた2002年前後に「建築あそび」に参加していた。若林さんは家具づくりに道をうつし現在は山梨県藤川町に移り活動している。

026年「第19回KAJIMA彫刻コンクール」にて、木材の「節穴」をテーマにした彫刻作品が入選し、メッセージをいただきました。メディア種類は不明ですが、ともに作品も紹介いたします。
「建築あそび」に刺激を受け20数年後・・参加者自身が連絡をしてくることは希なことです。