『更新設計01辻堂の引っ越し2023年6月2日初版300部 
   合同会社辻琢磨建築企画事務所発行 
2023年6月19日 作成 佐藤敏宏

辻琢磨さんは2023年6月11日、福島市に暮らす私を(佐藤敏宏)聞き取りしにやってきた。ついで翌12日は福島第一原子力発電所の事故現場を体験した。我が家に2泊三日どっぷり浸りフクシマを体験して浜松市に戻っていきました。そのときにお土産として「茶」とこの本をいただきました。

せっかくなので辻さんの本をし紹介するweb頁を作成することにしました。

辻さんが福島県内で体験した詳細については6月17日にFBに投稿されているのでこの頁の下に埋め込みました。辻さんが見た感じたフクシマの2泊3日の最初の記録です。目を通していただききたい。そうすればフクシマを通すことで辻琢磨像が豊かに加算されると思うからです、文章が下手で逆の場合もあるかもしれません、その時はご容赦ください。

佐藤も同時空を共有しいろいろ想いました。そのとき脳裏に浮かんだ内容のあらましを体験記に仕立てweb頁を公開し3月18日に仕上げがったかな、ということにしました。一度チラ見をあるいは見通していただければ幸いです。

このWEB頁は『更新設計01辻堂の引っ越し2023年6月2日初版300部についてあらましを紹介するものです。本の刊行元は合同会社辻琢磨建築企画事務所発行です。辻さんの会社での最初の仕事を紹介しする書籍でもあります、製本は辻さんの奥さま、村上さんの手製の本です。辻さんは会社の広報誌だと語っていますが読み多くの示唆を若い方は受けて「建築」を更新していただれば嬉しいです。右の欄には目次など記しておきます。

佐藤が同書を手に取り開いて頭に浮かんだ内容を辻さんにメッセージしたものは以下のようなものです。一部の箇所は名誉棄損になるので●●と修正してあります。

さらに、今後、読み物として役立つよう作成するつもりです。その内容は昨年、浜松市にある辻さんの改修中の自邸に泊めていただき、浜松市の過去の建築改修物などを訪ね、そこで感じたものと、ワイワイしたモノを中心にまとめた記録となる予定です。総称は「辻琢磨入門」としますが、中身は粗雑だと思いますが、まずは記録を残す予定です。





 直感で書いて辻さんに送った内容 (加算したい内容)

更新設計01─辻堂の引っ越し』6月2日刊行について

廃止措置現場(←福島第一原子力発電所の法律名)体験記、今朝最終訂正と追加画像もアップし一段落したので、上記本をのんびり目を通しました。

辻さんのこれまでの設計と思考活動を合わせ、建築工事、日本の建築行為を更新させた意欲的な一歩だと思いました。この先は建築教育現場と博士たちをふくめた旧建築業界との共存、そして業者と扱われるしかない設計業の社会的意味の更新が可能なのか?その闘争になるでしょう。

▽■系の●や●は狂っていて、←若者たちにとっては私益をむさぼる、いち害悪でいいかない)福一の核廃棄ゴミとさほど変わらない質の(近代の異物)輩に、辻さんは取り囲まれて、面倒なことだな・・・と想像していました。(その上、佐藤をほめ過ぎたFB投稿は、辻さんを自身が危機にさらすような、爆弾になるのでは?・・と佐藤は想いました)

辻さんの本、会社案内ではそれらを断ち切る(相手にされないでしよう)あるべき本来の「建築の理想を提示した内容」なので、これからはのんびり、自身も含めた家族時間を大切に保ちながら 人生をのんびり更新することで、自ら立つべき建築台地を得ながら、漁らず、行きつ戻りつし耕しつづけていだければ、やがて旧来の建築家とは異なる人格を創造提示した最初の人と記されると思いました。

今回の著書内にある人々たちのような、よき理解者であり友達をもてば旧・建築有識者などと知り合いにならず幸せになれます。福一核のゴミ同等の情報に惑わされないよう、選別し豊かな生を掴みとってください。それだけでいいと私は思いました。(3/300 いただいた本の感想です)。

昨年聞き取った内容とまとめ合わせ、辻琢磨入門WEB記録は作りますおまちください。


辻堂の引っ越し 目次

0.)流動の建築
1)引っ越しを建築行為として考える
2)タワーマンションに向き合う
3)変化に応答する
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付録
寄稿
柴田祐希
 設計者と施行者の奸計更新

岩阪 大
3D空間内の解像度

阪中健人
 真の仕上がりをもとめて
 家事と地続きの工事

堀内滋人
 文化を生む誇り

堀内ゆか+堀内滋人
 インタビュー
特別寄稿
川崎昭
 音楽のような建築

資料写真多数


以上が初めの送った感想でした。追加しておきたいことがあるのでここに記します。

柳沢究先生が「住経験インタビュー」という建築教育手法を発明し、全国に広めつつあるのですが、柳沢さんは私のインタビューを受け、それぞれの家族で建築を体験し共感をもちながら生きた建築経験を通して、建築教育方法に活かす回路を発明したと言っています。

西山卯三さんが大阪の庶民の家を調査し、西洋の建築的理想ではなく、日本の暮らしの実態をもとに、先人たちはDK(C51型・注)と称され形式を発明しました。今でも高層マンションを売るために活用されている、あの住形式を発明したことは周知のことです。(家父長制を下敷きにしていると上野千鶴子さんに批判されているそです。風聞)

西山卯三系の建築的営為の任を担っている、柳沢先生の想いは、現在は個電化が進みすぎて対話がなくなっている家庭においても、家族員同士の発見おおきコミュニケーション生み出し、何度も掘り起こし再生し実生活を豊かにする一つに方法としても「たんなる家族間での聞き取り行為は活用できる」と思っているようです。

建築学に入門した学生たち、それぞれのお爺ちゃん叔母ちゃんそして両親の住経験(お家の間取りや物のありさま)を聞き取りしながら、建築図として完成させる。同時に聞き取り内容も記録保存するという教育手法です。繰り返しますが、家族が相互に豊かな時間を共有体験をしている、それまま図面化したものを建築学徒の間でも共有し語り合う。日本の建築教育を誰でもを、ある地についた処から始め実り豊かさを共感し記憶を継承することによって、さらに教育の場も豊かにしたいと思って始めたのだと推測しています。

蔓延している陳腐でかつ例外的な過去の建築の理想、あるいは過去の上意下達を脱した内容になる教育の場を想っているのだと受け止めています。いわゆる西欧思想を理想とする(速水清孝著『建築家と建築士─法と住宅の百年』参照)イデオロギーを脱を、速水さんは西欧にも日本人が思い抱いた実態は無かったと書いています。さらに再確認するため・・・希貨とすべく「辻琢磨と柳沢究の対談」を企画しWEB記録を残しておくこと、もっと明確になるだろうな・・・・、と辻さんにいただいた本を手にして思いました。

(吉野荘)

柳沢先生は現在、京都に古い木造下宿屋(?)を手に入れ、自宅兼客室(他者の家)として再生させる、記憶を継承しつつ改編する、名称を「吉野荘」といいコブ付自邸を造っています、改築ですかね。

完成したらお二人のナイスな対談の機会がうまれます。辻さんも自邸を改修中なのです。完成はだいぶ先になるとお聞きしているので、その時も辻さんの家で再度、語り合うべきでしょう。

註:『昭和住宅物語』「3DK誕生期─計画学者とダイニング・キッチン」276〜292参照



辻さんの発想は建築を構成している材料と発注者の建築体験を元手にしつつ、発注者の生活が或る種の変化、暮らしの段階を経ることに、その都度、設計契約を長期にむすび、発注者の求めている建築として具現化するという、20世紀の建築人からみれば、とても迂遠な手法なのです。遠回りして辻さんと発注者の理想の「建築に到達する」という幻想でもあるわけです。近代主義にある理想を拡張するためという、目的を目指し合理的な・・・というあの考に則った手法ではない、そこから横ずれしている点が輝いている源です。ですから、ある種の発注者にはその点が新鮮で愛されるわけです。

受注側から見ると、真逆で手間のかかり益が少ないウザイ行為に見えるはずです。現状の身の周りの社会、特に日本の建築業界の生き続ける手法で生き延びて来た者、これからその領域に入り益を得ようとする者など、またその界隈の既得権益者群から攻撃を受けるだろうことは必然です。

そういう旧来の立ち位置から見ると、蔑む・笑・相手にしたくない無視したい、儲からないから・・そう決めつけてくるはずです。そううい常にある世の人間関係の面倒が維持される、リスキーな位相に突入してしまったわけです。

しかし、そうしなければ辻さんは自由に表現し家族と仕合せ暮す位相に導く方法がみつからない。ドンづまり、先の無い台地、崖に立ってちゃって飛んでしまったわけです。崖をぽんと飛びあがれば新しい大地に着地できるわけですが、多くの人は保守的で危険を犯したくないと考える動物です。そういう脳を持ってしまったゆえに有りもしない「未來」などという像を描いては、いろいろひねくり回し言い訳を積み上げ、福島原子力発電所のような自ら生続けるための、大地さえ消し去ってしまう愚行を犯してもいます。これを乗り越えればさらに豊かになれると思うことでしか生活できない、超ドシステムの壷に入っていき生きられる、道を進んむシステム動物園になっているわけです。

大学で教壇に立つのも現在のような自由主義という、お互いが首を絞め合う見苦しい様を、加えて、だれも勝者が存在しない世を理想と想い、激しいく移行している、奇特な時期に暮らしてしまったのは歴史の定め、辻さんはそんな宿命期に立ち生きるのは気の毒に見えるかも知れません。それは生きるということの実態そのものなので、気の毒ではないと気づくことからしか始まりません。

既得権益にすがる人々は、あっというまに核のゴミのようなもの、人がそうなっていく様は見えないのです。だから前世紀に既得権益を獲得し社会的な地位を確保してしまったいわゆる老害知識人たち、輩には、辻さんが新しい大地に立つたと認識することなく、気の毒な若者という上から目線を使っ胸をなでおろす。そういう馬鹿な奴になるしかないのです。辻さんは変な事を始めたとしか思わな。そういう輩に囲まれていれば、あるいは辻さん自身が入域すれば、糞にもならない無意味な時間を・・・核廃棄物同様・・・けっして有効にする手立てもないまま害を持った時間として体内に埋め込み蓄積しつづけシステム、狂うしかない人間になってしまうしか生きられないと思い込んでしまいます。身の周りのシステムマン、システム鸚鵡を見れば分ることで、その壷に至って快適顔をふりまくしない、それは当然なことです、似たようやつらがいいね!し合うしかないのです。

辻さんは、まっさらな新台地を発明したわけですから、やはり既存の業界や台地からは離れ、新台地を淡々と耕していく、失敗も実りも少ないことでしょう。が、それが辻さんにとっては安定した豊穣なる時空なのです。ゆめゆめ既存業界の腐った時空に取り込まれないよう願いたい。と感想をさらにもちました。愛すべき家族がすでにある、よそ見して迷うほどの馬鹿者にならないよう願いたい。


2022年7月17日京都
柳沢究先生の近況聞き取り記録


改修前の吉野荘で柳沢家集合写真を撮る


右から
『更新設計01辻堂の引っ越し』
2023/6/2


『住経験インタビューのすすめ』
2019年11月1日
著者:柳沢究 水島あかね 池尻隆史
西山卯三記念買い、すまい・まちづくり文庫


『住み方の記』
著者・西山卯三
1965年6月15日初版
文芸春秋発行