sunchild ヤノベケンジ入門 02  肉声集  2018年 作成 
2011年11月22日 設置記者会見より 大阪万博記念公園
注:()内は佐藤が加えた文字)

ヤノベ:タイトルはサンチャイルド(sun child) 太陽の子供というタイトルですね。作品を観ていただいたら分るんですけど。黄色い服を着た子供の像です。
 黄色い服はこれは私自身が今まで作品で使用していたアトムスーツと言う服になります。これは放射能を防護する服。体中にガイガーカウンターという放射線のセンサーを備えていて、すぐにでも放射性物質を洗い流せるようなタイプの服です。この服を着て1997年にチェルノブイリに行きアトムスーツ・プロジェクトも行った事があります。その時に使用した服のデザインを着た子供が、ヘルメットを脱いで立ち上がっている像ですね、彫刻作品をつくりました。
 簡単に言いますと、これは希望を表すモニュメントですね。綺麗な空気を吸っても生きていける世界を求めて、左手には小さな太陽という心の希望の灯ですね。それを携えていて、二本足でしっかりと立ち上がって遠い未来を見つめている、そういう像です。

 絵:ネットより以下表記無きは同じ)
■参考資料など メモ欄

 記事へ:「未来の廃墟そして希望」をテーマに制作を続ける美術家


放射能を防護する服は作れるのか

その汚染された服は何度も繰り返し着替可能か
 皆さん、もうお分かりだと思うんですけど、今(2011年11月)日本の状況はとても大変になっています。世界の状況もとても大変。そういう大変な状況でも下を向かず、遠い、遠い未来見すえて、誇り高く希望を持って、(大変な状況に)向き合って、歩み続けるビジョン、イメージ多くの人に持って頂きたい
 新しい時代を担う子供たち持って頂きたいと思って、この作品を作りました。
・大変な状況とな何か
 太陽というのは、この(大阪万博跡地)後ろにある太陽の塔の、太陽という意味もあるんですけど、僕自身が1997年にチェルノブイリに行った時に、そこは原子力発電所からの30km圏内というのは立ち入ることが出来ない廃墟になっていたんです。町が在ります。プリピャチという原子力発電所のために作った町の廃墟ですよね。その中に入って。そこは1970年大阪万国博覧会と同時に作られた、原子力未来の都市廃墟なんです 原子力未来の都市廃虚という語彙、プリピャチは人が暮らしていたので 異なる他者どうしが語り理解し合うに不適切な言葉であろう


絵:『胸騒ぎの夏休み』より
 プリピャチの保育園の中に立ち入った時に撮影した一枚の写真をチェルノブイリに行った後、見つけたんですね。アトムスーツを着た僕自身が、床に落ちていた人形を拾い上げている。その背中にの壁には保育園の幼児か、あるいは園児か先生か描いた太陽が壁に掛かっていたんですね。その写真を観た時に絶望的な廃虚から、その希望の太陽みたいなものが、その人形を探し出させて新しい時代をつくっていく再生のイメージを、ビジョンを得たんですね。(チェルノブイリで得た)そのビジョンから作品を、1997年から以降ずーッと作り続けて来ています。その延長線上にこの(サンチャイルドの左手に持つ)小さな太陽希望の光いうものがあります。

 太陽の塔というのは、1970年に大阪万国博覧会がこの場所で開かれたんですけど。僕は1965年生まれです。6歳の時、1971年に隣の町の茨木市に引っ越して来ました。つまり1971年に私がここにへ移り住んできたときは万国博覧会は既に終わっていて、未来都市は全て壊されていたと。つまり、取り壊し現場、大阪万国博覧会の取り壊し現場で遊んだ体験が僕自身の万博体験です。そこで観たのは未来の廃墟。つまり終わってしまった未来ですね。
 でも「未来が終わってしまった」からと言って、子供心に悲しい思いをしたんじゃなくって、何も無くなってしまった未来だからこそ、自分で何でも作れるんじゃないか。何でも作っていいんじゃないかという、そういうイマジネーションをその時に、想像力を掻き立てられたと。
 その想像力がその後の未来を生き残るためのサバイバルというテーマで色んな作品、先ほど説明した放射能の防護服であるとか、ノアの方舟のような電車であるとか、シェルターみたいな家とか、そういう生活必需品的な作品を展開していったという経緯があります。それがこの大阪万博が私に与えた大きな影響です。

 岡本太郎の影響

 今で残る太陽の塔」というのは岡本太郎さんの思想的な意味を持って(私に)強い影響を僕に与えてます。で、太陽の塔の太陽というのはけっして明るい太陽という事を表しているんではなく、岡本太郎さんは自ら言葉を発していませんけれど。実はこの太陽の塔を建造すると同時期に彼が描いていた絵があります。それは「明日の神話」という、その作品は2003年にメキシコで再発見されて、それを日本に持ち帰っています。今は東京の渋谷駅に展示しています。巨大な壁画です。その壁画は何を描いているかと言うと、ビキニ諸島の水爆実験の(水爆)爆発の(に対する思いの)絵を描いている。「明日の神話」というタイトルです。という事は、この太陽の塔の太陽というのはポジティブな太陽というイメージだけではなく、裏にある、核の問題を孕んでいると。そういう意味においては僕がチェルノブイリに未来の廃墟に行っていた事も含めて、岡本太郎さんの「太陽の塔」であるとか、彼の思想みたいなものは(今の)時代とシンクロしているんじゃないか。

イマジネーション
・1970年大阪万国博覧会
 1971年茨木市に引っ越す
 未来都市は壊されていた
 未来の廃墟を観た
 終わってしまった未来
 自分で何でも作れる

・テーマ
 「未来を生きるためのサバイバル」
 防護服
 ノアの方舟
 シェルターみたいな家
 生活必需品的な作品



・太陽の塔の意味は太陽+α
 太陽
 水爆実験
 核の問題

 チェルノブイリと「太陽の塔」


 (絵:明日の神話)

 岡本太郎さん今年(2011年)生誕100年ですね。もうお亡くなりになられたんですけど、100年という節目に、こういう(福島原発事故)状況が起きて。僕自身も、今は大阪にあって物を作る立場で表現者となっている。今となっては、やはり何か新しい時代を作っていくメッセージを発していかないといけないと思ったわけですね。
 その結果、今まではに対する警告警鐘を続けて来た作品を作ってはいてたんです。だからと言って、こういう状況(日本各地に放射能が沈着した)になった今、いまさら「そらみたことか」と自分自身は20年前から言っていたことが「現実に起こったんじゃないか」というような(現況に合わせたような)基本的な作品よりも、その先を指さす未来のイメージをきちっと作っていくような、メッセージを込めたモニュメントを作りたいと思ったんですね。それがこのサンチャイルドです。

岡本太郎生誕100年の年に3・11
 福一原発事故が起きた
・新しい時代を作っていくメッセージ
 3・11後の未来を指さすイメージ
 サンチャイルド

 核に対する警告や警鐘し20年経ている


 で、まず一番最初にお披露目するべき所はこの「太陽の塔」の前だろうと。僕のイマジネーションの原点である、この場所であろうと。ここにサンチャイルドが生まれ落ちる、岡本太郎100年祭に、その時に(サンチャイルドが)生まれ落ちるタイミングというのは非常に奇跡的な事ではないかと自分では思っています。はい。喋り過ぎですね。
         会場 はははははは
 ちょっと付け加えれば、このサンチャイルドの像は、ある作品をモチーフ(motif・主題・動機・理由)にしています。その作品というのは何だと思いますか。はい分かりませんね。

     会場 ははははは

・奇跡的な事とは
 原発事故が起きる
 岡本太郎100年祭に
   サンチャイルドが生る

 ミケランジェロのダビデ像なんですよ。イタリアルネサンスの代表作。イタリアルネサンス、要するに芸術の復興運動。ルネサンスという再生運動ですよね。それはイタリアにペストが蔓延して、イタリア国民が多く国民が大量死してしまった後に生まれた文化的な運動なんですね。

 で、再生復活、そういう言葉のルネサンス、まさにピッタリじゃないですか。しかもこのダビデ像ですね。皆さんご存知だと思います。宿敵ゴリアーデに立ち向かうエーゲ海の少年(イスラエル国王の二代目統治者)の巨大な5mほどの大理石の像なんんですねど。巨人、巨大敵に立ち向かって二本足で、今まさに石を投げつけてコリアテを倒そうとする(巨人コリアテとの戦いに臨み石を投げつけようと狙いを定めている)少年の睨み付けた像ですよね。左斜め上を見て、手には石を投げるための道具を持っているという。

 そういう再生復活という芸術運動。そして、巨大な敵に立ち向かう弱者。弱いと思われる者。「そのモチーフが今の時代にまさに降り立つべきものではないか」ということで、芸術の代表的な歴史的な作品を引用しているということです。



ダビデ像 ウィキへ 
 再生復活という芸術運動
 巨大な敵に立ち向かう弱者
 今の時代に降り立つべき
 歴史的作品引用 サンチャイルド像