| 佐藤敏宏・博多漫遊 2026 (5月30〜6月4日) | 作成:佐藤敏宏 2026年7月 | |
![]() 6月4日 博多から羽田 東京芸大飯 |
博多漫遊(粗日程) 5月30日 福島から多博多へ 5月31日 赤坂から名護屋城へ 6月1日 博多城・大濠公園〜能古島 ペイペイドーム 6月2日福岡城〜西公園〜港・食堂 〜福岡市博物館 (夜)岡田栄造先生と中津屋台へ 6月3日板付遺跡 大宰府政庁 6月4日 博多から羽田空港 東京芸大 |
|
■福岡市赤坂の民泊から羽田 福岡市赤坂駅傍の民泊で6月4日5時半に目覚める。この5日間、連泊用に買い集めた冷蔵庫内の食材などを使い切るため、今朝の朝飯は残り物を工夫し食べた。それでm残った食材で液体調味料は飛行機に持ち込めないのでゴミとして処分。その他乾麺などは捨てずにバックに詰めた。福岡市のゴミ分別方法は福島市のそれとほとんど同じだった。玄関土間は奥行45cmほどと極端に狭いので、バックを背負った2人が並んでゴミ袋を持ち部屋を出ることができない。廊下は外壁塗装のため足場が立ち、狭くなっている。ゴミ袋を両手に持ち体をひねり進み市道にでた。 飛行機の離陸時間は8時15分だ。6時半過ぎに民泊を出る。民泊は福岡城跡の傍だから中州などに近い。でも民泊の周りには夜も日中も車や人通りは少なく、静かな環境にあり快適だった。周りにはスーパーも食堂も多数あり、町の使い勝手は大変よく福岡市の印象をよいものにしていた。my長女は「便利な町中の民泊を選んだ」と帰国前にメッセージしてきたが、その通りだった。 7時過ぎに福岡空港に着く。搭乗手続きスペースは混んでいた。my長女のチケットがドイツ申し込み時にドクター表記があったが、ANAのPCにはDRが抜け表示されたことで情報の混乱が生じた。30分ほど受付で待たされ敬称が抜けていた。そのことを受付カウンターが何度も確認し無事受付完了tなった。待合室で搭乗開始まで20分ほど隙間時間ができたので、土産店を眺めた。 福岡から東京のANA便は登場者も多く、ほぼ満席だった。機内には各座席のモニターに現在の飛行位置が表示される。飛行軌跡を確認しながら窓外の日本列島見下ろし楽しむことができた。 木更津上空から羽田空港の間は東京湾岸の工場も街並みの様子もくっきり見える天候だった。目を凝らすと目まいしそうなので、巨大都市東京圏をぼんやり眺めた。ドスンと軽く衝撃を受け着陸は済んだ。ジャンボ飛行機だったので、機体から出るには時間が掛かった。羽田空港の混雑はあいかわらずだった。 my長女は学会関係者との打合せがあるので品川駅で分かれた。山手線の車中で互いの残りの旅の無事を祈った。東京圏は相変わらず人が多いし大都市の熱情が詰まっていて暑苦しい。 |
![]() ![]() ![]() |
|
■国立西欧美術館 スマフォで美術館案内を眺めていると、北斎 富嶽三十六景(井内コレクション)開催中と知る。久しぶりに北斎版画を鑑賞しようと決め、上野の国立西洋美術館を目指した。 美術館に入館したのは12時少し前だった。最終日でもないのに混雑していたけれど、写真撮影は可能だったので一枚一枚スマフォで撮った。天井の照明が額のガラスに写り込むのは仕方ないが、撮った。混雑していたけれど、チャンスを待ち少し時間をかけて撮影することができた。 北斎の肉筆は小布施美術館内の富士山に龍が昇天する絵を観た。また両国駅そばの北斎美術館にmy長女と観に行ったことなど含め、何度も観てきたように思う。 今回の展は富嶽三十六景を順に一気に鑑賞することができる好い機会だ。江戸の大衆は現在人々が気軽に各地の観光案内写真を手に入れる気分で北斎の版画を購入したのだろう。 各版画には何版刷ったのか記載はない。最初の刷りあがりとお仕舞の刷りあがりの版画は質が異なるだろう。そのことは容易に想像できるが、見比べる体験はしたことがない。この展示では裏刷りも詳しく見ることができるよう裏返しの版画も飾っていた。 今展の第一の楽しみは人のハートを鷲掴みにする北斎独特で派手な構図と、巧み景観のを捉え方、不要な物はバッサリと取り除き全体を極端にデフォルメし施し、鑑賞者のハートにせまる、そうして購買意欲をそそる。商売の上手さにも注目していた。版元の注文の出し方が的確だったのかもしれないが、それに応えた北斎のな技法を、じっくり1時間も堪能する機会をえて嬉しくもあった。 |
![]() ![]() |
|
■東京芸大美術館陳列館 13時すぎに芸大の美術館入り口に着いた。陳列館では藤村先生のキュレーションにて開催中の地政学的リアリズムに基づく設計思想の再編をチラ見する。 一番おどろいたというか変貌ぶりにビックリしたし興味が湧いたのは塚本作品だった。なんで?晩年ここに落ち着いてしまったのか?塚本先生の小さな地球プロジェクトの展示はショックを覚えた。100年前の一地方に在っただろう、農村に生きていた百姓たちの生活みたいな事例展示に見える。人工貸し続ける大都会の教壇に立ちづづけ暮らしていた人はなぜ、土とともに暮らし始めたのだろう。この混乱のように見える塚本暮らしの先に次の社会が現れるとは思えない。近代文明の滅ふ様の後に生まれる暮らしはこのようなものなのだろうか。文明が滅び人口が極端に減れば可能かもしれないだろうが・・・。 門傍でうろついていると、若い男女のペアが仲良しそうだったので、声をかけた。少し話合って1年以内に聞き取りすることを約束した。二人はどんな人達なのかまったく分からないんだけど、女性の方は福岡市の出身だという。福岡市から戻ったばかりなので、濃いご縁あるようだ。これは神のお導きによる出会いなんだろうと思った。彼らとは今後どのような展開になるのか楽しみだ。(8月20日彼らの家で詳しく聞き取りすることができた) お腹が空いたので芸大食堂にて定食を500円でいただく。芸大飯も初めてなら500円の定食にも驚いた。なんとか食べられて芸大食堂でまた驚く。 今回の博多漫遊は東京芸大飯との出会いでしめくくりとする。 帰路の新幹線内で「来年はどこを漫遊しようか・・・・・」思い巡らしたが何も浮かばなかった。余韻が強く残っていて博多に再訪してみたいと思ってしまうからだ。 以上で 博多漫遊録はお仕舞です。 |
||
| ■ | ||