2022/10/7〜8日 辻琢磨さんと2日間すごし語る  @静岡県浜松市 作成:佐藤敏宏
  辻さんの家で語る (3) 01 「403作品巡り 」
02  奥様のシャアオフィス 
03 辻さんの家で(1) (2) (3) 
   (4) 運動会の朝 辻家改修について 
04 洪水の跡地めぐり〜保育園の運動会

新築至上主義

:請負という自体、契約体系。業務の完了というか。出来た物で契約が成立するみたいな。そうするとやっているプロセスには対価がないわけじゃないですか。業務委託契約の方が普通なんじゃないかと思うんですけどね。

佐藤:工事も請け負って契約して、最初に契約金幾ら払う・・とか、中間金幾ら払うと決めるじゃないですか。着手時と竣工時に払うなど支払い方法ない場合は、発生する金利負担をどちらが負うか、どうするかなどは契約時に決める。それは民間ではいろいろ決め方があり、相手によるので正解はないんじゃない。

辻:さかのぼった理念的な部分で成果に対して契約が成立すると言われちゃうと、プロセスをもうちょっと評価してほしいんだけど。やった時間とかも。

佐藤:日本人は創作やプロセス費用はサービス・無料だと思っている人が多いね。白物家電の代金は設計費もデザイン費用も開発費も運賃もすべての経費は含まれていて売り価が決められている。それらと同様に受け止めてしまうんでしょうね。工事費と設計料のすべては合算されているそれが当然だと。
昔の話だけど設計施工では2.5%と内部で決めてあって、工事部から設計部に経費といて納められる。スーパーゼネコンでも設計費の全体を公表はしてないんじゃない。独立してからも俺は使わなかったが建設省で出している点数による料金計算があるんじゃないの?
辻:告示。

佐藤:民間契しか受けないと決めていたので俺は参考にしなかった。告示には基本設計は何点とか決まっているんじゃなかったかな。

辻:時給も略算で出ていますよね。

佐藤:駆け出し設計士でも日当は3万円ぐらいになっているんじゃないかな。
辻:3万円ぐらい。
佐藤:告示で算出して提示しても民間の設計請負は請求しても相手が支払うのか?そこまで建設省は取り立ててくれないよ、だから支払わないよね。もちろん「あの設計事務所は何パーセントとか」安値で言うから要注意だけど、提案前に設計料の値決め交渉から仕事は始まるよね。

新築物件を貸してローンを払ってもらう・不動産屋方式

辻:というか最近、興味あるのはローンを組まずにどうやって造れるか、みたいなの。

佐藤:現金無しで材料盗んで造るのは事件になって記事になったりするけど。手持ちの金が無いと時間が要るよ。
で、ゼネコンの監督は材料と労務費など水増し加算して下請けに発注して、我が家を造ってしまう人はいた。

最近、沖縄で暮らしているベラ・ジュン(漢那潤)さんは、完成したらまずツーリストに高額で貸し出して、借り入れ支払い済んだら自分たちが住みはじめる。沖縄は外国人旅行客が多いそうで、何棟も造るつもりだから10年後には資産家になるね。

古来資産家に金は集まるので、建築家が目指さずのは資産家へということかな。自分の家を住まずに旅行客に貸して借金を支払いしてもらう。既に初めから不動産屋になっちゃう。


絵:漢那潤さんのFBより (沖縄新民家についての記録を読む

:もうちょっとこういう感じで。100万円たまったら工事少しやる。一気に全部設計とか施工はせずにやれたらローン要らない。
佐藤:全体が出来あげるまでかなり時間は掛かりそうだね。

辻:時間かかるけど、ローンで4000万借りて35年で5000万払って1千万円は利子で、利子が金融に流れる。その35年分の時間の価値が1000万円なのかな?というのもあるし。だったらキャッシュで貯まったらちょっとずつ工事していくみたいなのが、建築家かどうかはどっちでもいいですけど。
チャンネルとしてちゃんと有った方が。金融に魂を売らなくっても・・・いいというか。ローン借りる時点でそうじゃないですか。

佐藤:年間30万円弱の金利だ、どちらにしても、日本は儲けてもアメリカ国債を買うしかないのだろうから金利はそちらに流れて米国人が使うと思う。100万円毎年工事して35年掛けて完成するのも、お互いの継続力が問われそうだ。35年長いよ、お互いくたびれそうだけどチャレンジしたことないから分からない。
解体工事しながら、古材を集めてセルフビルドしたゼネコンの社長の家は見てるけど。設計が悪いんだよね。設計料支払い節約しちゃうから駄目建築になるけど。
お金貯めては造り、35年間も建築を造り続けるのは骨が折れるね。それだけ時間掛けてしまうと、家作りで一生終えてしまうかもね。金利で多くの借りる人は他人の時間を買うんじゃないかな。

辻:そこは金融の話術ですよね。
佐藤:無利子で貸してくれる人は親、親戚くらいじゃないかな。出来た家を貸し出し店子に支払ってもらう、35年掛けてこつこつ造る・・・・どちらでもいいんじゃないかな。

:そういう施主さんが来て「ローン借ります」といえばそれでやるんでしょうけど。本当にそれでいいんですか?というのは一回聞くようにしたいですね。

佐藤:親が全部払ってくれた発注者はいたけど、贈与税発生したし、親が口出するので気の毒だったけどね。

:ここの壁一枚壊すとかを3年掛けて壊すとか。
佐藤:新築の話じゃないのね?
:新築では無理ですね。こんだけ!空き家があって実家があって。
佐藤:既存建築改修はそれで改修し続けられるそうだね。それでいいんじゃない。一気に造ることもないし。造りながら住む楽しみもあるしね。柳沢究先生は造りながら住んでいた、そういうのを名古屋で実践して、今は売り払って京都に引っ越してまた「吉野荘」を実践しはじめた。

柳沢究さんの記録を読む 

:そういう仕事のチャンネルができると、いいなとは思っているんです。新築至上主義というか「新築、おまえらやってねだろう」と言われる?

佐藤:今の40代から下の方々は新築至上主義者ではないんじゃない。

:いやいや、僕が毒されているからか。根っこのほうでは・・・・例えば、でかい建築をやってとか、新築で公共やってとか。それをやらないと自分が受け取った教育の価値観の中では理解されない。

佐藤:そういう人は気の毒!建物余っている社会に暮らしてるんだけどね。古建築の修繕方法とか、改修の考え方とか大学では教えない?もっぱら更地で新築だけを教えてるのかな?

辻:教えているかもしれないですけど、日本建築史の授業はありましけどね。

佐藤:
重源と大工の関係も書いてある『日本建築史序説』はいいよ(笑)もう一杯もらおう。
:どっち呑みます?もうお酒はいいですか?
佐藤:日本酒はもういいや。
:ハイボール?

佐藤:ハイボールで。レモンはいらないよ。

 ハイボールをつくる氷の音
発注者目線

佐藤:辻さんの家の静けさは酒呑みしないと分からないね。静かでいいね。俺の家は車が時々通る、通勤時間は少し賑やかだ。静かで良いね。
俺は19才で建築業界に踏み込んだけど、50才から聞き取りして歩く人生になった。時々の状況に合わせ、やりたいことをやっていたら人々との交流と記録をつくるオヤジになった。目的があったわけでない。

辻:
大笑いしている。

佐藤:聞き取りするためにゼネコン建築設計部へ入部したんじゃない。時々の思いにこだわって行動してみたら今現在になった。
辻:もう造らなくっていいかなとなったんですか?

佐藤:そうだね我が家は32才で設計し造ったし、子供も大人になり、後は死ぬだけだと。千万家が完成して、これ以上関わるとルーティンになると。身の回りを見てるも、現況じゃ無理でしょうと。千万家をおもしろがり建てようとする発注者でてきたら設計してもいいかな。

:発注者目線なんですね。
佐藤:そうだね。
:自分がこういうのをやりたいからというのは無いんですか。

佐藤:建て売りするということかな。ビルを建てて貸すということかな?

:例えば、そう。
佐藤:家族のための建築はできちゃったから要らないので気合入らないね。19才の最初から建築業は受注産業であり、そこから始めたからかな。
最近は自分の不動産屋を経営して建てて町をつくるのもいいだろうとは思う。そちらの方が資産家でありお金持ちになれそうだね。三菱地所とか野村不動産とか森ビル・・みなそういう発想でしょう。

:そういうことですよね。

佐藤:辻さんも三菱地所になればいいんじゃないの・・・という話になる。あそこで設計している人々は建築家じゃないと多くの人は言うのだろうが。三菱地所になるか竹中工務店になるか、どっちでもいいかな。彼らはリッチで多様な仕事をしているよ。一度なったらやめられない「竹ちゃんマン」「三菱マン」というんじゃない。

辻:それで聞き取りだ。

佐藤:そうそう、不動産屋には踏み込まず。建物造って金儲けしない。公共圏と建築の可能性を観察してるのが面白いよ。建築の中から発生するコミュニケーション(消費行為以外の)人間の交流を見る、観察する人。建築を知らないと出来ないことだと考えた。建物をすべて取り払うスケスケにして見ると、人と人との話し合い、交流しか残らない。で建築物を取払って人々の対話と交流を記録して残す。

:なるほど。

佐藤:それが建築の目的だと思ってしまった。さっき息子さんが「今夜はパーティーだ楽しい」と言っていたじゃない。パーティーをする、哲学では「饗宴」というね、パーティーを保証する場が建築や場所。または人間に不可欠な儀式をする場を保つのも建築かな。日本だと天皇がいて政治家が大臣に任命されるとか、その儀式を執り行う宮殿の壁の外には普通の人々が居る。そういうフィクションをつくってそれを保証するのも建築。

大阪、上町台地と難波宮(なにわのみや)

佐藤:法隆寺は外国文化(仏教)を保存し広め儀式をする場所だ。飯喰ってパーティーする場所ではない。

大阪の難波宮(なにわのみや)の資料も大阪歴史博物館で見てきた。日本で最初に出来た宮殿、難波宮。権力者が儀式をするための建築。大阪の上町台地の突端にあった、大阪城もそこの台地の傍にある。興味深いよ

難波宮の資料を買ってきました。そこで儀式をすませて法隆寺などの奈良の盆地に入っていく。地形が生み出す空間構成と日本の歴史。その原点の場に立ってみる。

関西の地形と宮殿関係が面白い、淀川や大和川が流れて河内のあたりから遡上すると奈良盆地に入りやすい。大阪は河川改修して堀を張り巡らして、物流と人々の交流を促して。大和川を遡上して奈良盆地に入る。地形と古建築は密接に関係しているから昔の人々の思いに接触できることになる。

建築設計道を極めるのもいいけど、それは俺の役割ではない。で地形と歴史も面白そうだな・・・うろうろ歩く。聞き取りやめて地形と歴史と建築を想像するほうが面白そうだ。

:第三の人生ですか?

佐藤:無理、交通費がたくさん要るから俺には難しい。現地に立って歩き回らないと言えないことが多い。足代・宿代・飯代が多額要るよ。

:「地球に聞き取る」みたなの始まるんですか?

佐藤:そっちの方もおもしろそうだね。
:新しい展開ですね、面白そうですね。グールグアースも使い易いし。

佐藤:地形と歴史は1400年前でも今でも同じ関係があると思う。人間が増えて家がたくさんできたと言っても、地形を知らないと歴史も理解できない。今は建ちすぎていて地形がわかりにくくなっているけど。

大阪は最初の巨大な都市だから。ながい歴史があるし、背後に奈良と京都があるから面白いんだよ。九州もあるとは思うけど遠いし知識もないし資料館も尋ねたことないし。

辻:律令制になって

佐藤:宮殿ができて、地形と折り合いをつけがながら、それを何度もくりかえす。
日本の骨格みたいなのが出来た。権力者が選ぶ地形と宗教と絡めて古い建築は成り立っていたわけじゃないか。

地形と宗教と建築家があって、建築を造る人達はどのように扱われていたのか?そちらの方は土いじるので忌み嫌われる職業だった、賤民や差別と、権力と土木工事の歴史の方に興味が向かってしまうね。
差別民と重源の関係、天皇に逆らって禁を犯しても弱者を救う、今の建築家は演技はすうだろうけど、眉唾でみていないとね。重源は山口県内にサウナのようなお助け小屋も造ってるので、興味深いんだよね。
        絵:瀬戸内海をとおり大阪湾から難波津にはいる想像図(『東アジアに開かれた古代王宮』より)

辻:それは楽しいな。
佐藤:過去を創造することになるから、おもしろいよきっと。(現代では抱僕を運営する人々にちかい)

西山卯三さんが生れた西九条を歩く

佐藤:いろんな方々の家を泊まり歩いていきたので、住験だけは豊富な俺かも?これは、戦前戦後の都市の住宅にはなくてはならないDKの基礎研究をした西山卯三さん関係の資料。少し集めてきました。西山さんが生まれた西九条を調査したくなり歩いてみた。西九条は17世紀から博物館の地図に載っていた。(絵:西山著『住みかたの記』)

辻:大阪城はここか。

佐藤:秀吉が築造した。河川と堀と台地を巧みに組み合わせた難攻不落の大阪城。この地図は西山さんが生まれた当時の大阪市全体の地図。江戸末期の地図がこれ。淀川が流れていて、細かくなっているけど船で運んで堀をつかって荷物を陸揚げしたんだと思う。周りは畑もある。大阪市歴史博物館にある地図をコピーしてきた。西山卯三はこういう地形、安治川河口で生まれました西山さん。飛田新地も傍だし、だから、大阪の庶民の暮らしに目が行ったんだよね、と想像。

ついでに権力者を見ると、東アジアに開けた大阪城の南に位置する王宮が難波宮(なにわのみや)もいいね。校倉造りの米倉庫かな、高床式のそれが何棟も並んでいる絵もあるよ。外国から人も来るし儀式もするし。一杯、資料買ってしまった(笑)
絵:明治2年大阪 四大組町組編成図

重源と狭山池

:それで荷物が重たいんですね。
佐藤:そう。これ知らない人

:笑っている

佐藤:髪の毛を花畑にカラーリングしているので撮らせてもらった。

辻:笑っている

佐藤:最先端、私の頭はお花畑!大阪若者はやりたことするね、法も軽快に破るだろうし。
この赤丸の辺りが西山さんが生まれた西九条駅傍の現在。地図を見るとこの辺りらしい。当たりを付け見て歩きました。河口に近い場所には権力者は住まないからね。差別された人々と貧民が住むね。

河内地方は湿地だからアジアっぽいでしょう。

:今のアジアふうですね。

佐藤:上町台地に造られた難波宮(なにわのみや)の想像図には高床校倉造りの倉庫が何棟も並んでいる。地図を重ねて見ていると秀吉の水利工事の変遷が分かるんだよね。地図情報と歴史資料と地形図があると想像は尽きない。それら上町台地の上に建築が載っていた。地形を理解しているほうが南海トラフ巨大災害にも遭いにくい。周囲を見回して家を造らないと災害に巻き込まれてしまう。

これは狭山池です。辻さんは知らないかもだけど。



1977年此花区図より

:狭山池?知らない。
佐藤:飛鳥時代の話なので詳しくは知らないが奈良時代に改修した行基は法隆寺と東大寺に、木津川をいかして木材を運び、陸送は牛運、そうして東大再建した重源も、両者東大寺そばのお堂にまつられている。二人は南河内地方の灌漑工事、狭山池=ため池を改修造もしている(資料による)。で、狭山池博物館(安藤忠雄設計)では2人の像も保管してる。
ここが大和川、西南側(南河内)の荒れ地を狭山池を造って農地にかえていく。重源は狭山池を改修してる。建物を造ること、ため池造るのを坊主が指導していた。建築と土木工事はお坊さんの中では一体だった、ダイナミックな時代でもある。溜池を造るときに木造を組んで水門を造り放水する。下部は石棺を再利用したみたいだ。その上に木組みで水門、高層建築のようだ。


重源の改修(貯水量を増やす)石樋長さ65m(石棺つくりと同手法のようだ)狭山博物館資料より

辻:
なるほど。
佐藤:崩れないように堤は柴を踏んで固め土を重ねて補強している。水門は上から栓を抜いていくので高層木造建築だ。水が満たされて時は水門は水没しているけど。一番下に石の樋や木造の樋が造られていて、水が耕地に流れ出るように仕立てている。
狭山池博物館は安藤さんの設計した建物でした。たくさん資料がある

辻:土木技術のほうが建築技術より先なんですかね。

佐藤:一緒なんじゃない、荒れ地を干拓してだから土木が先かな。狭山池博物館にある行基の像で、こちらは重源の像。何度も改修して池を大きくしながら水をたくさん貯め使い込んでいるから大きい。現在は池を一周すると1時間半ぐらいかかりそうだよ、だから散歩路で人が大勢歩いていた。良い地形だね。写真撮ってきた。

辻:地図検索している辻。あこれか。WEB地図をあれこれ二人で見ている。すぐ安藤さんと分かる建築ですね。

佐藤:斜路だらけの建築。移動しながら狭山池の堤の断面や樋口の現物を見たりできる。

地形の話をしてたんだね。建築は地形の上に建っている。地形を理解しないで建てちゃうと後々えらいことになる。ただそれだけなんだけど。
良い地形を選ぶことは権力者にとっても課題だったことが分かると地形をみるのも面白くなる。

グーグルマップって3dで回転したりできなかったかな?

辻:それはPCじゃないと出来ない。全然知らなかったな・・・狭山池
佐藤:重源と行基も昭和の人びとも改修しているから、彼らに興味をもつといいかもね。両者は福利厚生施設も造っているから今の世でも通じる。今なら土木工事はしてないけど、キリスト教だけど九州の「抱僕」が参照になるかな。今も昔もスターだった空海は彼が生まれた香川、満濃池にかかわっている。

これらは古建築を見ながら古・土木工事もあるところを見に行くべきかな。狭山池には今回初めて行っただけで、存在は前から知っていた。建築土木とも現地に立つべしだね。

辻:この辺いっぱい池がありますね。
佐藤:大阪に向かって下さっている地形で水を無駄にしないで各地でため池に集めるをくり使いながら流していく。一度使ったら終わりではなく、使い回すんだろうね、溜池に戻すというかね。そうしないと広い荒れ地は耕地にならかったんじゃない。関西の食料増産開墾の台地だね。
古地図を見ると、淀川と大和川の位置は今とは違う。奈良盆地の水が大和川に入り河内に流れてから大阪湾に下る。大阪から遡上すると一番手前に法隆寺があるよ。

辻:なるほどね、法隆寺は大阪に近いんだね。
佐藤:大阪駅からも今は直通(大和路線)でいけるので便利だよ。渡来人は大阪湾から大和川を遡上する、または徒歩かな。
東の山々には天皇に反抗する土蜘蛛族と言われる人がたくさん住んでいたと言われている。天皇派ではない現地人たち。東の山々の裾に暮らしていた。東大寺はそれらの人々が征服されて後、数百年後にできたんだね。

土蜘蛛って検索すると書いてあるよ、天皇に逆らうからった被差別民だよ

辻:あ!本当だ。朝廷に恭順しなかった・・ 蔑称か・・・。

佐藤:盆地に暮らしていた先住民を追い払って到来人である天皇族の方々が都をつくったんでしょうね。

辻:この人達が本来の現地人だった。

佐藤:出雲神話もあるけど、奈良盆地でも現地人が追い払われ、仏教を持ち込んで大和朝廷。飛鳥時代の出来事を奈良盆地の地形と合わせて見ると理解しやすい。

:なるほど。インディアンみたいなものですね。

佐藤:モンゴロイドだよね、インディアンも、アイヌの人々も、蝦夷、琉球は熊襲と言いわれたモンゴロイド民族のような土蜘蛛、大和朝廷に征服されたんでしょう。

:初めて聞いた。土蜘蛛。
佐藤:そうですか。河原者やエタ・非人、サンカとか差別用語一杯あるよ。赤鬼といわれる「たたら師」とか。

:たたらはゲームで知っています。

佐藤:砂鉄から鋼をとりだすのに、4日間通しで精錬しなければ日本の鉄はできなかったそうだから、鉱山と製鉄を司る特殊な人達。赤外線にやられて顔が赤かったんでしょうね。良い鋼(はがね)がとれるための木炭づくりの炭焼きと鋼つくりとがセットになっている。山の中に住んでいて農業してない、物々交換だったんじゃないかな。そういう人びとが金太郎に襲われて財宝を巻き上げられる。(笑)

大阪と奈良のあたりの地形はweb地図3dで見ながら歴史書などを読むと理解が進むような気がする 





辻さんの家の周り─地形と歴史

村上:レクチャー受けているの?
:なんだろう。

佐藤:雑談です。建築は台地の上に建っているから、周りの地形を理解して作業をすすめないと後々問題が起きる・・・そんな話です。歴史上の建築もそうやって理解する。具体的には法隆寺ができ東大寺ができなど、大和朝廷とサンカや土蜘蛛といわれる先住民が追い払われて、ざっとした流れを話してました。

資料出すといいかな、立体地形図webで出るといいね。

:壁に映せますね
村上:へー。
佐藤:このほうが分かりやすいね。ここは狭山池だ。

 PCを調整している辻

 関西の地形図をみながら語り合っている 

・辻さんの家の周りの地形を見て話し合っている

佐藤:ダムがあるから決壊するとやばいね!一気に土石流がきますね。
辻:ここの堤防は大丈夫ですね。ここは結構段差があるので安全。
佐藤:天竜川の天然・ボトルネックになっているんだね。
:そうなんですよ。両サイド高い。ここが山城が三つもあって、戦国時代の。
佐藤:川があるからせめて来ない。

:そうなんですよ、天然の要塞になっていて。武田がここを拠点に。

佐藤:大阪城も上町台地の突端に築城して前は川だから守りやすいんだろうね。良い場所を選んでいる。

:ここは天竜川の扇状地。
佐藤:web地図だと勾配はどっちについてるか分からないね
:勾配はどっちについてるかな。こことここに河岸段丘があります

佐藤:扇状地が荒れ地だったらここを堰き止めて灌漑用水を引けば農地が開けるね。
辻:それは流している。それは近代のため池ですよ。
佐藤:飛鳥時代だったら狭山池にならう。このあたりは飛鳥時代は人が多く住んでいなかったんじゃないかな?

辻:でも原人はいます。浜北原人(根堅遺跡あり)。
佐藤:だいぶ飛んだね、原人は狩猟採取民だから山があれば、農地はいらない。
辻:そうですね。

 みなで笑う




辻さんが暮らす「於呂」という地名は崖の上という意味




佐藤:農耕が始まると富のバランスが崩れ、権力者が現れるから。新しい時代に灌漑ができたならその時代に耕作する人が増えてきた証だ。生産性があがると、人も増えるし政治権力者も要る。素直にこの地形となじんで人は暮らしていたんじゃないかな、で堺が一番栄えていたんでしょう。

辻:堺は栄なんですかね?
佐藤:わからない。
辻:大和川・・・

 また関西の地形図にもどりわいわいしている。

佐藤:堺に船を着けて文物は大和川を川船で曳いて奈良盆地にあげたんだかな。
辻:だんだん都市部が北上していったんだね。

佐藤:平安京が京都にできたので、大阪・奈良・京都。大和川、淀・木津川と川が結ぶ三都のトライアングルが出来た。

辻:琵琶湖もある。

 いろいろ話し合っている

辻:逆側に伊勢があるのが面白いですね。
佐藤:古事記ねつ造して土蜘蛛族を挟み撃ちってことかな?

会場笑い 

佐藤:仏教が入ってきたので、改めてナショナリズムは刺激されて、神道でどんと行こうぜで伊勢も建てようと(笑)。外来文化に怯え頑張る体質はいまも同じだね。外国の文化が入ると日本のアイディンティーが問われるんでしょうね。昔も今も。権力者と地形、どこに宮殿を建てるか歴史と照らし合わせ地形を見ていくと楽しいかなと。

辻:
橿原宮か
佐藤:奈良盆地の南の方に土蜘蛛たちがいたんだよ。巨石文化も残っている。
渡辺豊和さん著の『大和に眠る古太陽の都』が面白い、古代だから過去の創造だと思うけどね。 古代史と巨石については渡辺さんの本を読むとロマンはかき立てられる。


 奈良盆地と大和川の話をしている

辻:
地滑り記念館、これやばいね(笑)これは知っててもなかなか行かないんじゃないの・・・。東大寺 変なところにありますね・・・

村上:寝ます
佐藤:では明日運動会です。
村上:明日よろしくお願いします
 おやすみなさい
:キトラ古墳がここにある。

村上:バスタオルとタオル佐藤さんの分用意してあるから。よろしくお願いします。

・・・・・辻と佐藤わいわいしている

佐藤:辻さんこれから博論書いたらどうですか。地図、見るの好きなの?
辻:わりと地図見るのは好きですね。
佐藤:身の回りの開墾史書いてみたらどうですか。郊外住宅団地史の一例。この当たりは畑だったんじゃないの

辻:畑。
佐藤:扇状地は梨栽培が多いよね。福島市も扇状地だから山裾には梨園多いよ。

辻:ここは柿ですね。

佐藤:柿がたくさんとれるんだ、浜松の柿って聞いたこと無いね。
辻:次郎柿っていうんです。
佐藤:どんな形の柿ですか?
辻:ひらべったいです。

佐藤:会津では身知らず柿という同様の形状だね。昔の人は川の流れに沿って物流を川船で運んだんだろうから。この当たりは浸食されないで堅い岩盤なんだろうね。

辻:ここは地盤がすげーいいんですよ。(根堅遺跡の名がしめすように堅い)

佐藤:そうだろうね、柔らかかったら天竜川蛇行せずに直線にすすみ広がるだろうから、岩盤堅いんだよ。ということはこの当たりには古墳などがあるということ?

辻:原人が見付かっているのはこの辺りですね。
佐藤:安全な所に住んだんだよね。日当たりも良いし南に開けているし、水も近いし海魚も捕れるし山も近いし狩猟採取には良い場所だ。
辻:於呂(おろ)という地名なんです、ほろはおろちから来てて、

佐藤:蛇がたくさん住んでいたのか?川が蛇のようにうねっている地形だからかな。
:天竜川関連の町、崖がありますね。(於路は崖という意味)



佐藤:朝は何時に起きるんですか?明日は運動会10時だから遅くてもいいか。
辻:息子が6時半ぐらいに起きます。一緒に起きますね。地形は面白いですね。

佐藤:そうそう、線状降雨帯による水害など、頻繁に起きるから地形を頭に入れておくのは大切になったね。 なに話してたか忘れてちゃったけど

辻 大笑いしている

佐藤:地形と歴史と建築の話だったか・・法隆寺より古い木造建築現存してないからね。
:本当にないんですかね?
佐藤:ままは現存は無いようだけど吉野ヶ里遺跡とかに行ったことない。丸山三内遺跡には栗の柱の根本だけはある。復元している、そうそう、2020年に国立博物館で出雲大社のは新しいんだけど巨大根の本物を見たよ。

辻:青森、出雲。

佐藤:丸山三内は日本の現地人・縄文人が造った集落で体験するのはいいよね。福島市にも小さい集落はあるよ。登呂の遺跡はどうなのかな?竪穴式住居だね。

辻:浜北原人は横穴だった可能性がある。


佐藤:辻さんはこれから人生だから、いいよ。
辻:わらう、思う存分やりたいですね
佐藤:いまさら焦ってキョロキョロしててもエネルギーの無駄遣いだ。子供もうまれ育ててるし。都会の人びとは金がないと生きていけないから、忙しそうだよね。

辻:家賃と人件費払わないと・・

佐藤:必要経費・基礎経費掛かりすぎるよね都会の人達は。

辻:おれにはちょっと無理だな。

佐藤:先に都会に事務所をつくっておくと人と仕事が集まるという柳原式もあるけど。それはそれでいいけど。

辻:そんな人を集めたことない。

辻スナック菓子をかじる音

佐藤:俺は一人で福島市で設計すると決めて仕事した。もうじき人生お仕舞いだけど、たいしたことは出来ないなと思ったし。人をたくさん雇ったとしたら規模は大きく成るかも知れないけど、所員に使われるんじゃないかな。一人じゃないと俺のやりたいことは出来なくなっていくだろうな。人を動かすため経費を稼ぐための仕事集めになってしまう。

辻:そこが難しいところですね。

佐藤:有名建築家みたいに弟子が無償・下働きの人がいて、その建築家が造った・・・みたいな演出は今世紀は難しいのではないかな。若いみなさん自由な建築の作り方を知ってしまったら、有名人の弟子になり無給より自分の自由を大切にする人は、こつこつ地域に地に足付けて仕事するでしょう。若い人たちは20世紀型の建築家像には付いてこないでしょうね。

辻:無理ですね

佐藤:日本は組織事務所とかゼネコン設計部とかの設計施工の形態になっていくよ。
:隈事務所ですかね。

 村上:猫が!佐藤さんの荷物を荒らしているよ!がやがや 村上が笑う

佐藤:あ!これか!猫が食い散らかしているよ!おみやげにもらった物だからいいよ。猫はよく見つけるね、鼻が利く猫だね。

村上:他はかじられてないかな?
佐藤:猫も何か喰いたいのかな・・・がやがや
村上:すみません。
佐藤:丹波篠山で手づくり椅子を制作している大橋力さんから土産にもらった食いものだから猫にあげよう。


 大橋力さんの椅子づくりのようす兵庫県篠山市内

わいわいがやがや
猫に喰わせておけばいいよ。篠山で笹もちとか言ってもらったんだけど、猫が好きならあげよう

:笑 あんまり喰わせないし、勝手にくちゃうんですけどね・・

佐藤:まだ寝なくって大丈夫。今、19時30分だけど。
:まだl9時半ですか。眠たいな・・

佐藤:寝ようか?それでも早寝でいいよ。

 風呂はに入って寝た


 (4) 運動会の朝 辻家改修について へつづく