HOME     文責・作成・佐藤敏宏         佐藤敏宏の京都ことば閲覧2017年1月27日から2月2日
ことば悦覧録

   
 
  牧野研造さん 2017年1月27日京都市内 
  その1 その2 その3 その4 

 その4 

牧野:できたら一人でもまとめきれるところを一回人に渡してみるというのが一番責任もとれるし、任してみてだめだったら俺のやり方でやる。
佐藤:今は試行錯誤のときでこれで行くぞじゃないんだと
牧野ずーっと試している時期でいいと思うんです

佐藤:なるほど。そういう仕事に対する構え方ですね
牧野自分のスタイルを作るということはあんまり興味が無い。できたら毎日楽しく

佐藤:毎日、違う人格にもなっていくということですか
牧野:スタイルを作ることはあんまり意味が無いように思うですけどね。建築は人生を豊かにしてくれるものとしたら、スタイルを作ってそれを理解してもらえる人だけ集めていくっていうのも。面白そうかと言われたら、そうでもない。一杯守るためにいろんな言い回しをしていかないと

佐藤:普段の生活で積極的に外にでて他の脳味噌と融合し活用していこうという行動はしているんですか。それとも過去の脳味噌と、紙媒体にある過去の脳味噌と融合しようとしたり、というのでしょうか、どういう形で努められてますか

牧野バランスなんですけど、建築の人とばかり話していると、どうしても偏った考え方になったりみんな優秀なんで、すぐ影響されちゃう
 ともにふふふふ

できたら、建築じゃない人と話をしたり、ランドスケープの人と話したりすると、その方が自分だけの土俵は作れていくんじゃないかなと思うんです
佐藤:それは意図的にそういう場を自分で作ってそれを実践しているわけじゃないけど・・たまたま仕事の関係でそうなったということですか
牧野はい。そうです

佐藤:京都は都会なので自分から能動的にそういう活動をせずとも場がいっぱいできているということなのかな
牧野:そうかもしれないですねインターネットで何でも見られるような状況だから、凄く均質化して行き易いじゃないですか。
佐藤:ネットも紙媒体もそうだけど情報は誰かが加工編集し発しているものだから、その場にある生な現実じゃない。数次加工しているネットも含めた媒体のデータに接するだけだから。手っ取り早くって現実を分かった気になれる、ほどほどの情報なので。本当に情報が生まれる場にある有益事実とは違うんで。
 最近のSNSの活用のされ方、隆盛ぶりを見ていると、政治的にはアメリカのような形になり、人間のコミュニケーションとか議論が深まるより平等の発言が対立を鮮明に現実の困難を知らせた。インターネット黎明期のゼロ年代のweb熟議が民主主義を活性化させるという期待は消えちゃってるからね。皆が平等に発言できてしまう場ができると炎上しまくったり、力のある者がweb労働者を動員して動員して政治的活用あおる人がいきてしまい、実のある語りを得ようとする者は遠ざかる傾向ですよね。SNSに幻滅している、わかって活用してる人も少しはいるんですが

牧野そういうことですね
佐藤:メモ代わりの連絡帖てきな活用なら便利だけど、ゼロ年代にあったネットが新しい社会を生み出すような発言は幻想だった。消えてなくなりましたよね
牧野:ないですね。
佐藤:SNSはほどほどに使い、現場に来て語り合うのが重要なんだと当たり前のことが逆照射され、生な語り場のよさが再確認できた

牧野:真剣に議論しようという人は一定数いるとは思うんですけれども。マジョリティーじゃない。多くの人は今日何食べたとか、どこどこに行ったとか。軽く今日はいい天気だねみたいなコミュニケーションで使うことが楽しくって幸せなことが多いので、えてして建築家の論客の方は理想論というか理念が強い感じに言いがちだと思うですけど。さっき言った普通のことを普通に考える、どんどん普通に考えていくとちょっと変です。
 はははは

佐藤:人間は元々脳と身体と音と視覚がごちゃまぜ 変な動物なんで。おかしな生き物ですからね
牧野そうです、普通という言い方が普通なのかわからないですけど、自分にとって当たり前で隣の人にも共感してくれそうな事というのはだいたいあるような気がします。会話でもだいたいそういう気がするので。
佐藤:普通にそれぞれの宗教信じている者が殺し合うということが現実にあるので、普通も正しいもぶつかり合ちゃうのでね

牧野:例えば50年使う家と1日だけ建てる家とでは当たり前と普通が変わっていくと思うです。
佐藤:そうだね、そうすると牧野さんの場合は公園と建築の寿命を考えるときの時間というのは当然違っていると思うのですが時間に対する考え方ありますか

牧野:住宅だったり、ビルなり、中が入れ替わるような躯体、と商業建築の内装とかは全く時間の尺度が違うように思います。
佐藤:建築に対する時間の尺度は牧野さんはこんなふうに考えるというのがあれば教えてください

牧野:ケースバイケースです。その時間の尺度では当たり前の事を考えると面白いんじゃないですか。
佐藤:目黒本町のプロトタイプ、骨組みの時間、ミースの均質空間のように原型をつくって、それぞれの時間に合わせて機能を発明して使っていくということがあったわけですが、そこのあたりについてはどうですか

牧野:わざわざ改修してまで使いたいと思うものって、必ずしも均質な空間のものではない場合、古い銀行だったり、町家であったりとか。だだっ広い柱も無い空間じゃないけど、わざわざ改修して使いたいと思うのは何からの魅力があるからこそ、そういうことになるんだと思うですよ。
 何も喚起させない空間よりは何か喚起させる空間。そこに壁が在ることは知恵で乗り越えられるじゃないですか。でも壁が無いことは壁を作らないといけない。
 何も無いことが必ずしも自由を保障するというのは現実的なレベルでは一寸違う場合が多いんじゃないかと。

佐藤:何もなかったら魅力も生まれてこないんだと
牧野:全部つくらないといけないじゃないですか、作るにはお金もかかるし。何か在るとこれをこういうふうに使えるとかいうことが知恵として考えられる、だったら何もない空間より、何か在る空間の中から自分の目的に合ったものを見つけてそれを使う方が経済的には合理的ですよね
 
佐藤:建材屋さんの社屋改修計画でそ、このあたりを考えなきゃいけなくなっていると思うのですけれど。新しく作るときのつながりかた、地にある物語を読み解いてつくるという場合と、改修の場合はすでに前もって誰かがそこに物語を考えてつくってあるので、そこに参加するかたちになる。自分が考えた今新しい建築も将来だれかが改修していったら、こう展開できるだろうなと。そういうことも考えているんですか簡単に言うと自分の作った新しい建築をのちに誰かが改修し使い続けていってほしいと思いっていますか



牧野:思ってます。とくに目黒本町の家っていうのは3階の構造壁ははずれるはずれないという考え方は先に整理して構造家にお伝えして。
 基本的には1層でがらんとした空間を三つ積んであるという状態に近いんです。何かしら将来。使い方に変化が生まれるときに何も共用できない、がちがちに決まった空間よりはちょっとルーズな部分だったりとか。対応が効くのが重要かなと

佐藤:目黒本町のプロトタイプの家も時間の中で生き抜くように考えているということですね
牧野:何があるか分からないですけど。

佐藤:町家が生まれた時の営みはないけど21世紀の現在に町家を活かせる暮らし方はあると。昔の建築をつくりだした他人の脳味噌が自分の脳味噌と反応して面白さがうまれ、これっていいねと思えることが多くなれば多くなるほどよいのではないかと。牧野さんが作った建築を観て、そういう発想がなされ。その時代に合った暮らし方に合わせた改修が施され生き続けることは歓迎するということだね

牧野:そうですね、改修の場合はどうしても元々の物が在るので、自分の頭だけで考えていたら、思いつかなかったような事が引き出しされ易いと。
 受動的な空間か、能動的に使う空間かは考えるんです。ホテルだったら受動的な空間だと思うんですね。1日だけ使う受動的な空間。例えば衛生機器にしても、こっから水が綺麗に出ますよーっていう形をしているじゃないですか。そいう対極。受動的な物というのは、演出が施されてる場合が多いですね能動的に使える感じがする物は即物的な感じがする場合が多いです。それがこの建築の用途とか、使われ方とか使い方に合うかどうのはよく考えます

 例えばデザイン事務所なんですけど。演出されたところに居て作業をするというよりは、そこから離れ創造性のあるものが出て来る場所なので、できるだけ即物的能動的になにが同組合わせているかわかるものにしています
 ローコストということもありましたが。たまたまデザイン事務所が金属加工のメーカーのホームペイジを作っていたこともあって、H型鋼をスライスして売ってもらう。安く済むことができた。構造用合板24ミリをH型鋼をスライスして売ってもらう。安く済むことができた。構造用合板24ミリをH型鋼の350-175とかですね。とかですね。
 収納量自体は棚を買うより安いんですよ。大工さん2人だけ来てもらって。素材は加工したものを送ってもらって。長さは3600です。2枚ついでいます。
 
 (写真 Econosys Design

ローコストと言っても知恵と工夫で安くできた

 同じ時期にホテルの内装もやったんですよ。すごく対照的で、棚の方は自分の小遣いで作るみたいな感覚でDIYの延長でやるような手法ですね。一方でホテルの方は単価も高いホテルだったので、全部演出が必要になってくるんですよ。一つ一つの取っ手一つにしても使うときに優しさだったり配慮だったり演出が全部必要になってくるんですけど。棚の方は子供の遊び場じゃないですけど、工房みたいな感じですかね。

 そのときに、今日はこちらの図面を書いて、明日はこちらの図面を書いてをしていると頭の中で整理したくなってくるんですよね。ふふふうふふ。そしたら能動的受動的かと日常的かと非日常的かと一日使うものか毎日使うものかとかで、そういうことで整理して分けていくと。
 いわゆるビニールクロスとか木目調のダイノックシートとか、そういったことについてもこれは1日使いものについて貼るものか、もしくは長年使うものに貼るものなんのか、と考えていくと整理がついてくる。悪い材料というのは無いと思うんですけど。使い方の検討に精度がなかったり、雑に使われてる場合にいやらしさを感じると思うんです

 だけど適切、とか検討がかなりされた使い方をされている場合はどんな材料でも嫌だと思うことはあまりないかなと。建築物を観たときにいやらしいと思うのは僕ら建築を設計する人間からすると、物自体がというよりは、そこの意図がいやらしく思うことが多いと思うんですよね。

佐藤:牧野さんはいま両方こなしているわけだね。能動的な方はお金にならないよね はははは
牧野:これは全然ならない
佐藤こればかりやっていると生活ができない

牧野:こればっかりやっていると楽しくっても生活できない。昔から清家清先生もそだったんですけど。本来の使い方じゃないものを転用するというのが好きで。全部下地とか構造材とか、普通は前には出てこないやつをわざわざ使っている。

佐藤:物に名称とか機能を与えられているけれど違う物としてみたいと、どうしても思ってしまうんだと
牧野思ってしまいますよね。建築家の多くの人はそういう整理のことを想う

佐藤:依頼する人はそのことを頼んでいないのに そう思うとふふふふ
牧野:ちょっとマニアックなことかなと思ったら一般的に建築に興味のない方でも格好がいいから 家でもしたいとか言ってもらいます。

佐藤:仕事のバラアイティーに対する対応力には豊ですね。年老いてる俺はできないですね。ふふふふ
牧野住宅ばっかり来ないですよね、住宅好きなんですけど

佐藤:牧野さんはそのように宿命づけられているかもしれないの、次回また聞き取りさせていただくと全く違う展開になっているかもしれないので、それを楽しみにして今回の聞き取りはやめて、居酒屋に行って続きは記録に残せないんだぜー を色々を語り合いましょう

牧野:そうですね 

 二人そろって近所の居酒屋へ出向き今回の記録には残せないとてもエロ・おもろい・えぐい・話を語り合い夜が更けるのでありました

 最後まで読んでいただきありがとうございました

 続きは私が生きていれば 5年後 東京オリンピックもすぎた2022年に聞き取り記録いたします おまちください

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  京都烏丸あたりの 居酒屋のカウンターで2ショット