石川初さんに聞く 2021年5月8日午後15〜  01  02 03 04 05 06
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■ ゼネコン魂 一つ返事 

石川
:8月に面接があって、三田まで行って、三田の大会議室でプレゼンして、いろいろ聞かれて。色々言われた。やりとりして、大汗かいちゃったんだけど。「博士号どうするつもりですか」と聞かれたりして。こういう状況になったら「入ってからとることも考えます」みたいなこと言って。面接ではどう評価されたのかわからなくて、まあ採用されなくても面白い経験をしたと思って仕事していたら、少しして内諾の打診をいただいたんです。「5年の間に博士号をとるという条件で、有期雇用としてどうですか」みたいなオファーだったです。それでうっかり「うん」と言っちゃったんですよ。
佐藤:それは言うでしょう。
石川:「はい、よろしくお願いします」みたいな。終わってから、「ううううう〜やべー」みたいな。ふふふふ。

佐藤:博論、書かないとね〜ふふふ。
石川:論文書かなければけないし、有期雇用って、5年経って自分のパフォーマンスが低く評価されたら、そこでアウトになるじゃないですか。やべーみたいな。
佐藤:のるかそるかで博論を書くしかないね。
石川:まーでも何か、そういう習慣があって、オファーああると、まず「うん」と言っちゃうんですよね。
佐藤:ゼネコンに居れば、絶対「嫌だ」とは言わないですよね、なんでもとりあえず「ハイ」と応答するよね。
石川:そうそうそう。
佐藤:断ることはないよね。






絵:慶応義塾大学 WEBより


■ 給料さがる 定年のびる

石川:そのまんま居たら定年まで鹿島でしょう。生涯年収は絶対そっちの方が多いですよ。給料さがりましたからねー。
佐藤:それはそうですよね。
石川:それで、それから事務所の社長に相談をして。「来年の3月一杯で退職しようと思うんですが」と。

佐藤:ばかやろうと怒られましたか。
石川:俺が独立するんだと思って「応援する」みたいなこと言われて。「実は大学の教員になるんです」 企業では、大事なことを言う順番を間違えると面倒なんですよね。色んな人に相談して、「最初に誰に言うか、誰に知らせたらいいですか」みたな根回しするのが大変だったんですけど。それをやって、それから大学の恩師とか、いろんな所に挨拶とヒアリングに行ったりとかして。
佐藤:無事会社を辞めることが出来た。

石川:会社はすごく円満に退職出来てよかったです。
佐藤:今でも交流できているんでしょう。
石川:出来てます。学生連れて行ったりもするし。仕事をもらったりすることもあるし。

佐藤:それは素晴らしいですね。
石川:凄い友好ですよ。
佐藤:給料下がってしまい、奥さん怒らなかったですか「あんたふざけないで、給料優先よ!あなた」とか、そんな事は言わないよね。
石川:何か「俺がハッピーなことをしていいる方がいい」みたいない。
佐藤:拍手パチパチパチ素晴らしい。

石川:それはありがたかったです!。
佐藤:それは素晴らしい。
石川:あとね、定年が延びたんですですね。大学の方が5年定年が長いんですよ。
佐藤:70才までですか。
石川:慶応は65なんです、鹿島は60才なんです、そうすると子供の養育費や住宅ローンを考えても「5年定年が延びるのは結構いいぞ」と想ったみたいで、ふふふ。
佐藤:それはそうだ、「父ちゃん元気で働けー、はたらけ〜」と。いいね。




■ サラリーマン シラバスを書く

石川:そうそう、そんな感じ。転職が内定しても、まだ半年くらい、普通に勤め先の事務所の仕事もあるし、いろんなプロジェクトも終わってないし、客先との関係もあるので、ぜんぜん「転職する」っていう気分じゃないんですけど、年末になって来るとね〜大学の事務からバンバンメールが来るんですよ。「シラバス書け」とか。
佐藤:まだ、俺、大学に勤めてねーぞー、はははは。
石川:そうそう「シラバス書いてください」と。研究会シラバス先に書いてください。
佐藤:辞令も給料ももらってないのに〜。
石川:加藤さんに書き方を教わったりして、いろいろとお世話になりました。
佐藤もう雇った気で連絡してきちゃってたと。
石川:3月に退職して、退職金をもらって。

佐藤:そうだね、退職金ね。
石川:退職金一応でました。でも定年まで居たら、もっともらえてたのに、という金額でしたね。
佐藤:それは依願退職っていうことになちゃう半額とかなっちゃうわけですか。
石川:半分ぐらいですね。
佐藤:会社の都合で辞めるわけじないからな。
石川:でも退職ですよ、だから記念品とかもらいました。

佐藤:同僚からは羨ましがられたでしょう、先生になるのか、いいなーと。
石川:いやそういう奴もいたし、だって給料は下がるし。
佐藤:「何考えているんだ」と言わそうかな、普通は給料安くなる路は選ばないかな。
石川:うん普通しないですよね、50才ですからね。50で転職しないでしょう。

■ 大学 校風

佐藤:教える血はどこに入ってましたっけ、生い立ちから聞いたましが。学生に教えるというのは。
石川:祖父が教授でしたけどね農大のランドスケープの。
佐藤:そうだそうだ、お爺ちゃんの血が入っているからか、お母さん間に挟んでね。
石川:まあね、SFC。
佐藤:でうですか教えていてみて、どうでしたか。

石川:大学は楽しいですよね。それまで知っている大学は早稲田だったので、驚きました。やっぱり、慶応のいろいろ。
佐藤:リッチ緩い感じ。
石川学生がよく喋るんですよ。
佐藤:あーそうですか〜。
石川:よく調べていて、まだ俺が着任してないのに、1月2月にぐらいに、学生からメールが来るんですよ。「こんど慶応にいらっしゃると聞いたんだけど、研究室は出来るんでしょうか、いつから出来るんですか」と。
佐藤:研究室に入りたいんだと。
石川:そう。
佐藤:すごい人気じゃないですか。

石川:いや、人気はないです。熱心な学生が数人だけです。学期は4月から始まっちゃうので、研究室の情報とか、ゼミやら授業のシラバスはそれより前に学生に公開されるんですよ。それでまだ退職していないのに、大学に行って、希望者の面談をしたんですよ。何人か居て。

佐藤:まだ会社辞めてないのに、会社員なのにね学生の面談したと。

石川:そしたらよく喋るんですよ学生が。すごい良いこと言うんですよね、みんな。感動しちゃって!。
佐藤:学生に感動した先生。いいね。
石川:みんな頭いいし、めっちゃ好いこと言って、「SFCすげーなー」と。
佐藤:皆さん都会のお金持ちの子さんでしょうからね。
石川:早稲田だと逆にあんまり喋らないというか、しゃべるよりも「いかに凄いものを作って教員を驚かそう」みたいな、ところがあるじゃないですか。
佐藤:校風が違うわけね。
石川:SFCだと、すごくいいことを言うんだけど「じゃー作ったもの持ってきて」と言うと、いろいろごちゃごちゃ言うほどには作ったものが出てこないみたいな。
佐藤:口が達者だから、いいじゃないですか。

石川:よく「実装力のなさを、コミュ力で乗り切ろうとする」っていうんですけど。授業でも「この教員は何を要求してて、それに合わせて評価を上げるにはどうしたらいいのかなー」みたいのを探り当てようとするんです。最初それ分らないから、良いことを言うのでびっくりしちゃうんだけど、しばらくして慣れてくるとその言い方の型がわかってきて、「もしかしてこれテンプレートなんじゃないか」と思い始めて。





■ land walk book

佐藤:なるほどなるほど、それで大学で最初の一年目のランドウォーク・ブックの冊子を観ると、調べたり色々作らせていますよね。手描きというのですか、景観模型というんですか。こういのやるって言うのも最初から、こういう授業しょうと決めていたんですか。
石川:それは、最初にそういう経験をしてるから、そういうふうに強く思って「手を動かさないとなー」みたいな。
佐藤:国分寺断線とか調査したり、ただ歩くだけじゃなくって、まとめて書かせて発表させたり。

石川:そうそう、やっぱりデジタル・スキルはみんな放っておいてもやるんですね。大学は力を入れているから。だけど手でスケッチするとかは意識的にやらせないと、やらないので。
佐藤:歩いたりもしないか。机に座ってPCばっかりやっている人になってしまうね。

石川
:そうそう「そういうのでやる研究室になろう」とは最初から決めていたんですよ。あとは自分が何かそういうふうにして色々作ってきたので、それだったら教えられるから。意外と入ってみたら「ランドスケープの人が来た」みたいな、ふうに「大学も学生も期待している」というか、そっちに凄い関心があって。そういうデマンドが有るということが分って。応えているうちにランドスケープのお店広げちゃった、みたいな処があるんですよ。まあでも、サラリーマンから転職して着任した教員の研究室を面白そうだと思って来てくれた「初期のゼミ生」にはほんとに感謝してます。






■ 脱・肩の力 おもしろいする

佐藤:神山町と古墳、千年村を経て平城京の何ていうんですか、デジタルデータを解析して私物化していく・・・という、深度が深くなるというか地球全体をもう一つデジタル空間にして、都市がどんどん自分の物になっていく、っていう、何ていうか不思議な所有・感覚というか。そこは「面白なー」と思うです。誰でも出来るわけではないでしょう。

石川:でも自分が特に変わっているとか「特殊な才能を持っているというのもないと思うので、やり方さえ掴めばできるんじゃないか」と思っていいて。その「やり方をどうやって伝えるか」みたいな処に興味はありますね。
佐藤:でも古墳を眺めて、一番上は炭木の山が在って、その下が畑で、一番下が田圃だと。そういう観方は、体験と教養と知識がないと、現場をぱっと見で分らないですよね。わかるもんですか。

石川:そういうことを発見したり、驚いたりっていうのを一緒に繰り返しているとそういうことは出来るようになりますよ。
佐藤:導き方で、どのようにも学生は変わっていくということなのかな。
石川:SFCは特に、専攻が決まっているというより自分で好きな授業をとったりしながら専攻を作っていくみたいな状況なので、授業の内容も研究の領域も、学生とのやりとりのなかでチューニングしていく感じです。

佐藤:何かの専門家を育てるわけじゃないんだけど、地上学の思想というでしょうか、そういうものを学びながら緩く友達の輪を広げて、世界を楽しく生きて行く、みたいな。なんでしょうか、勉強しているんだけど、緩く楽しく世界が広がっていく。それは石川先生の特質というか「石川先生しかできないことなのかなー」と想ったりしますけど。

石川:最初は何か「どういう人材を社会に送り出さなきゃいけない」みたいな事を真面目に考えてたときもあったんです、一瞬。でも。
佐藤:自分が面白い事をしてしまう。

石川:そうなんです。自分の面白いことをしないと続かないということもあるし。あと割とSFCの学生はしたたかで、在学中は自分たちが勉強してる場所の特殊性を強調して慶應じゃなくて「SFC」というのに、就活の時期になると急に「慶應」とかいい始めて、それなりに良いところに就職したりとか。自力で。「これは何か、俺がじたばたやらなくっても、皆それなりにやっていくんだったら、みんなが大学に居る間ぐらいは変なことやっていてもいいかなー」みたいな。
佐藤:肩の力が抜けて。

石川:ちょっと楽になりましたね。何回か卒業生を送り出してみて。
佐藤:「学生は賢い」と。



絵:『思想としてのランドスケープ』85頁より
里山古墳        
:『思想としてのランドスケープ』99頁より
■  IT と 素人技 

石川:俺、そこまでやらなくっていいね、みたいな。ふふふふ、って、いうふうに。それよりは前から自分自身で興味があった、例えば「建築とか土木とか他のデザインとかと比べてランドスケープに独特なデザインの思考方法みたいなものがあるなー」と、前から思っていて。「それを上手く言葉に出来ないかなー」とか、思っていたんです。そのスピリットを学生に伝えられれば、別にそういう心構えで広告代理店に行こうと、ゼネコンに行こうと、デベロッパーに行こうと、いいんじゃないかみたいな。 そういうランドスケープが分る連中がいろいろな分野に散っている方が世界のためなんじゃいかと思って。

佐藤:著書によると、セントラルパークを造った人がそういうことを始めたとありまた。近代人がランドスケープというのを考え出して、今は近代の思想が壁に当たっていて、石川さんはIT機器を使って教育もしていて。「ITは素人のためにあるもんだ」と思ってネットを使っているんですけど。段々ネットにも政治家が参加したり、企業・新聞社が参加したりして、WEB初期の時は凄く面白かったんだけど、今は面白くなくなっています。
石川先生は甘チュア時代の面白さをそのまま広めるみたいな、拡張してくれているので、僕はすごくいいなーと思うんですけど。他の人見ていると「大家になっていく」と言いますか、SNSにはくだらなねー奴らが、けっこう多いのですけど「おめーが大家になってもちっとも面白くない」んだけど。

石川:佐藤さんが田中さんが開発したものを、田中さんが予想もしないような形で使い込んでいるみたいな、あれは一つの俺の中のモデルで。
佐藤:ありがとうございます。
石川:出来る人が開発してくれて、こっちはそれをおちょくるみたいな、面白い使い方を考えるみたいな。それずーっとやっている感じはしますね。
佐藤:「インターネットはそういう使い方をするもんだ」と思っているんです。
石川:俺も、そう思いますよ、使えるものを使えばいい。

佐藤:フェースブックもそうだけど、自分立派をアナウンスーする人ばかり目立ってしまい面白くないわけだけど。そんなことはいいから、あなたの面白いこと教えてほしい、みたいに思います。素人自慢みたいなのがいいと思うんです。田中さんと20年前によく喋っていたのは、Googleに越されちゃったから、何すればいいですかねみたいなことを、随分話した記憶があるんですけど、農業や、道具つくりかなーと。

石川:田中さんは常に未踏の何かを見つけてくるので、ずっと注目しています。
佐藤:最近の制作をネットで見ていると、20年前に戻った感じはしますね。
石川:そうですね。

佐藤:植物をアート的に育てて行くとか。
石川:そうそう、あれなんかずーっと関心があるんじゃないですかね。

佐藤:20年前はIT使って氷柱を作っていました。
石川:氷柱やってましたね。
佐藤:今は植物になって、農業とIT技術の融合すると凄く面白いんんじゃないの、「農作物は難しいんだなー」と思って見ていました。
石川さんも書いていますけどの農業というのは手でやる農業と土木的に機械を使った農業の境目があって、石川さんが、その事を農地の解像度の中で書いてますけども。人間が作る物と機械で作るがーっと造っちゃうもの限界というものか、 原発事故もそうです。そこに来て手作りというか、素人的というのか、そういうものがメーインに成る方が楽しそうなんだけど。

石川:最近、思うのは、前は「何かいかにランドスケープの考え方みたいなことを学生に注入するか」ということを考えていたんですけど、最近思うのは「学生がままならないっていうこと自体が、何か自分が畑で耕しているみたいなもんだなー」と。何か学生は植物だと想えば、いや、学生植物じゃないんだけど。だけど何かそういう何ていうか、ままらない、このままならさみたいなものがランドスケープだよなー。
佐藤:そうですよね。

石川:変な学生が来て、俺の知らないことを始めたり、俺の知らない事を言ったりするたびに「それに新しい名前を付けなきゃいけないなー」と思うんですよね。そんなことを考えている感じですよね 。
佐藤:未開の概念を言葉に定着し育てる、また石川さんはダジャレも飛ばしていますし、意外に面白い言葉いっぱい発明しそうですね。

石川:だんだんSNSで真面目な事を言わなくなってきましたよね。
佐藤:そうですよね。掲示板経由で生まれた、SNSはそういう使い方してはいけないし、書いても、しょうがないですよね。正義中毒を撒き散らしてもしょうがないし、SNSはそういうものでないですからね。

石川:SNS面倒くさいです、だから余り言っているみたい。
佐藤:大局的な正しさ、広域的な正しからも自由であるはずだけど、自由が活かせている研究室なんだなーと。建築の研究室に行き、そこで話したりしていると息苦しさがある。不景気のせいもあるんだろうけど、お前ら大丈夫かと、死んじゃうんじゃないかと。常に競わされている。
石川研にはそういうのが無い、自然とともに生きている構えだ。

石川:研究室のありかたって標準モデルがあるわけじゃないので。田中さんが「SFCの研究室はそれぞれ私塾だ」っておっしゃってたんですけど、まさにそんな感じなんです。でも研究室の運営とか、ゼミのやりかたとか、そういうのは他の先生がたの研究室を参考にしてます。特に影響受けてるのは加藤研ですね。加藤研はそれこそ転職するずっと前から毎年展示会に行ったりして、学生に何をさせるかとか、研究の方法とか、めっちゃ参考にしてます。


  06へつづく 

上絵:『LAND ART』 101頁より






絵:クリストー包まれた遊歩道 資料展 1982年10月15ー11月21日 原美術館刊行 図録表紙



絵:アンディ・ゴールズワージー展図録表紙1998年1月22日〜2月10日有楽町朝日ギャラリー
下 図録より



朝日新聞スクラップ1987年