三枝理子さん・岩崎伸治さんと語る  2026年8月20日 作成:佐藤敏宏

その2 岩崎伸治さんのこと


佐藤:岩崎さん、生まれはどこですか。
岩崎:神奈川の新丸子です。

佐藤:20代、調布市に暮らしていたので多摩川沿いは少しわかります。プロ野球の練習場などたくさんある所ですね。
岩崎:そうです。サインボールをもらったりしました。都内の小学校に行ってました。家は医療系の会社で、父は人事などの取り締まりをやっています。母は専業主婦です。
佐藤:専業主婦で暮らせるのは豊だ、ということでもあります。共稼ぎが多くなり始めた世代なので。男女機会雇用均等法を1985年につくり女性も働かせ始めた。兄弟は何人ですか。

岩崎:妹がいます。でも年がすごい離れています。7才離れてます。
佐藤:それだけ歳の差があると兄妹という感じではなくなりそうだね。
岩崎:大学で京都に行ったから、妹とは7才という数字よりも距離あるな・・・という感じです。
佐藤:中学1年生でまだ小学入学でしょうから、餓鬼は相手にしたくないと思いそうだね。
岩崎;ははははは。僕が大学で京都に行くタイミングでは中一。妹が中高の多感な時期に僕は京都暮らしだった。で、帰ってきたら大学生になっていた。
佐藤:お兄ちゃん妹を厳しく指導した勉強させちゃった・・・とかしましたか。

岩崎:年が離れている割にはちょっかい出していました。一番印象に残っているのは漢字の書き取り練習を妹がしていた。お母さんに聞こうとしてたので教えたんです。信じてもらえなくって(笑)結局、母に確認に行った。これは、と思いましたね。いじわるし過ぎてた。簡単な漢字のことを教えたはずなのにダブルチェックが入ってしまった。

佐藤:お兄ちゃんは妹の世話をしようとしたけど、妹は過剰なおせっかいと感じてしまう(笑)すれ違う。
岩崎:受け入れられなかったんです。
三枝:もっと意地悪してた、縫いぐるみを勝手にいじるとか。
岩崎:妹がフェルトで縫いぐるみの足を増やしたんです。はははは。
佐藤:怪物にしちゃった(笑)
岩崎:妹はぶちっと抜く。
三枝:可哀そうだよ。
岩崎:そういうちょっかい、出していた。


■小中高は都内の公立校へ

佐藤:小学校はどこに行きましたか。
岩崎:東京です
佐藤:私立の一貫校へ入学したんですか。
岩崎:公立の普通の小学校へ入りました。小中高いずれも公立校です。友人はドンドン私立の開成とか麻布とか筑駒コースにはけていく。僕はずっと公立校で育ちました。

佐藤:エリート意識は少なくし、抑えバランスよく育ったんだね。
岩崎:親が言ってました。色んな人が居るのが公立校のいいところなんだと。貴方はそこに行かせましたと。そういう親の思想の下で進学をして、僕もそういうことになったんじゃないか、という自覚はあります。東京の公立校でいろんな人が居るなかで育つと、そう思いがちです。だから京都に行ったんだと思います。自己分析です。



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■ 京都大学へ

佐藤:
首都を離れると分かることも多い。京都は自由な雰囲気でしょうし。建築へはどこで目覚めたんですか。
岩崎:京都でです。
進路を選ぶタイミングでは建築はあるから、ということで選んでいたような気がします。

佐藤
:京大では1年は全員一緒に学び始めるですか。
岩崎:京大は1年から専攻が分かれてます。竹山聖先生とか、平田晃久先生がいらっして直ぐです。竹山の京大から平田の京大へ移行するようなタイミングで入学しました。柳沢究先生とか。

佐藤:柳沢究先生を知っているんですか。
岩崎:よくしてもらっています。僕は究先生の家に一回だけお呼ばれしたことがあります。吉野荘です。
佐藤:吉野荘を買ったばかり、翌日だったかもしれない。、奥さんと家族そろって案内されて、吉野荘を見に行きました。その後、中華屋で飯食いました。

岩崎:寮の状態の時ですか、

佐藤:ボロボロの寮。家族全員で初めて観に行くんだと言ってました。柳沢家の皆さんは名古屋市内で改修しながら暮らした経験があ。家族の皆さんも大らかな構えでした。完成したのかな・・・。

岩崎
:完成してから訪ねました、良かったですよ。
佐藤:共同風呂も出来てまいしたか。
岩崎:それは見てないです。
佐藤:泊まらなかったんですか。
岩崎:そうです、2階のご自宅でパーティーしました。

佐藤:いいね。住経験インタビューのすすめは知ってますよね。学会も作りだいぶ広まったと思います。柳沢究さんは幸せ建築家だと命名しました。周りはバカにしたけど、本人は喜んでくれました。

 みなでワイワイがやがや

岩崎:柳沢先生はいつもニコニコ。
佐藤:俺が聞き取りしたときは一番上の娘さんが生まれたて、1才になってたかな、三人家族だし、いろいろ見て聞いていると幸せなんだよ。柳沢先生はのびのびしてて見るからに幸せだった。3・11震災後は学生たちを連れて、会津、そして県庁や双葉町を体験しにきました。
岩崎:3年前ぐらいの大文字焼きの日でした。






















柳沢究先生家族と吉野荘を見に行った。
2022年7月17日14時〜
 (その日の記録)



佐藤:京大で、平田先生と柳沢先生に学んだならバランスはいさとうだね。平田先生は天才と言われていたけど、建築を見てないし勉強してないので分からないです。

岩崎:伊東豊雄事務所の人に聞いてもそう言います。京大生はみな平田さんに教えを受けてる。京大は物理の先生とか環境系の先生とか多いですね。建築学科というとそちらのイメージが内部では強いんです。平田さんは建築家教育をしようとして、て東京から一杯若手の人を呼んだりしてました。

佐藤:東京圏の建築家界じゃなく、京大を目指すべき。かわっちゃったわけですね。
岩崎:竹山先生も東大建築学科のエスキスとか講評会文化があるんだ・・・・と言って、京大にはそんなものは何もなくって、課題もレポートみたいな感じで図面を一枚だして単位をもらう。そういう事だったのをレビューしてクリティークすることを輸入したのは意匠系の先生で最初だった。

佐藤:布野+高松先生が持ち込んだのでは。関東地方の建築家教育を京大に持ち込んだ、そういう気がしてました。京都らしさがあっていいんじゃないかと思いますけど。
岩崎:カリキュラムは持って来てたとしても、京都で流れている時間は東京都とは違うと思います。そこで勉強するだけで、京都なんじゃないですかね。

佐藤:布野さんが1991年京大に赴任して、京都圏の学生会議のような組織を作って京都について調べ合い本を出す(『京都げのむ』を刊行)ことも教えていた。学生が京都圏でまとまって本を作り刊行する文化が生まれたんだ、そう記憶しています。
岩崎:今も京大は学生主導で年間誌みたいなのを作っています。トラバースという名前です。編集員を組んで、特集を組み原稿をお願いしていた。それは毎年やっています。

佐藤:建築系の人は他者に説明して伝えないと仕事が始まらないから、学生の時分から文章を書いては刊行するのはいい文化ですよね。論文までいかずとも前段で訓練している。今は公共建築つくるときに公開討論は付きもので税金の無駄遣いと集中攻撃を受ける。藤本壮介さんの仙台市の音楽ホールでも工事費の問題が取り上げられている(藤本案PDF)。徳島の石上案は知事がかわり事実上中止になってます。

学生の頃から他者に理解されるよう言葉を鍛えておくのはよいことですよね、で岩崎さんの修士課程はどうなりましたか。

























『京都げのむ』

■修士課程は東京芸大へ

岩崎:修士は東京芸大に進学しました。中山英之さんの研究室に入りました。それは2021年です。休学を繰り返して(笑)2024年にやっと終了しました。

佐藤:休学の原因はなんだったでしょうか。三枝さんに熱をあげて勉強どころではなか?
 会場笑い

岩崎:休学したから、三枝に出会ったんです。
      佐藤拍手をしている
佐藤:おめでとうございます!奥さんを探すために休学(笑)いいね。
岩崎:それは偶然です。研究室での仕事ではないですけれど、プロジェクトが多くって、忙しかったので。大学院はゆっくりしたかった。その時間を取り戻すように休学を2年しました。2年間は自分の名前で自分のプロジェクトをしたいな〜と思い、いろいろそれをやっていました。

佐藤:自分のプロジェクト。修士2年になる時に2年間休学を決め、大学を離れ、こつこつ自分のプロジェクトを続けていたと。
岩崎:最後の1年は修士制作で時間を使いました。ですから、1年目が研究室のプロジェクトをし、休学は1年と思って始めたんです。

佐藤:冷静ですね、自分の時間を取り戻すために休学する。
岩崎:冷静かな?
佐藤:与えられたプロジェクトに関わるだけだと、冷静に自分の建築を考えている時間と試作する時間が無くなってしまうかもね。で、ちょっと離れると、いい判断でしょう。
岩崎:ちょっと離れました。
佐藤:自分らしさを見つけるのは大変なことですからね。
岩崎:でも、影響は受けていますね。
佐藤:大学にいると良さも、悪さもあるよね。建築は芸術的側面もあるけど政治性もたっぷり含んだ事態だから、自分を冷静に見つめる時間は要るよね。

三枝:論破系、冷笑系も流行っている。
佐藤:そうなんだ!SNSの悪影響ですよね。建築も情報露出が多い人が勝者となっていく、そう惑わされる。今はYouTube全盛だ。で日々発信する人が人気を得る気分になれる、そういう世相だけど、若い育ち盛りの人にはSNSや動画は悪い環境を知らず受け取るような気がする。

岩崎:それは今も昔も変わらないことだけど、最近はそれに建築家が翻弄されないと、いけない場面は散見されます。、そういうのばかりです。
佐藤:建築家は政治性も身に付けなければいけないし、ファンもたくさんつくらないといけないし。
岩崎:どういう資本と付き合うかですよね。
佐藤:ここから道をかえ組織事務所を目指すことはないんでしょう?
岩崎:はい。








中山英之先生と岩崎さん
2025年4月1日 岩崎・FBより



■三枝理子さんと出会う

佐藤:自分の建築を進み、どういう岩崎さんに道があるんだろうね。そのことは後で、または次の機会に語り合うとして。 三枝さんとの出会いはとても大切ですから、そこに戻りましょう。

岩崎:休んでいて、中山事務所どうなの?中山英之ってなんなの・・、中山さんの事を興味があって働きたいんだけど・・・・と、パリから連絡がありました。どうなんだろうね・・みたいな・・・やめておいたら、と言った。(笑)その時はそれでお仕舞だったんです。

学生のアイディアコンペの授賞式で東京に来たりし、日本に帰ってきてて。三枝はコンペキラーなんですよ。

三枝:何度か東京に来たときに会いました。
佐藤:その時の案はあとで見せてください。中山英之さんが存在しなければ二人の出会いが無かったんだと。
岩崎:中山先生を結婚式には呼ばないといけないですね!披露宴をこれからしようとしています。
三枝:まだ計画中なんです。今年(2026)の1月に籍は入れました。

佐藤:新婚ほやほやじゃないか・・・そういう所に聞きに来ていいのかな(笑)
三枝:また、来てください。
佐藤:ありがとうございます、そうします。でも俺とはまだ一回しか会ってないんだよ。
三枝:二回目です。
佐藤:若い頃はみな無名だたけど、今は名前の出てる建築の人となり、彼らとの付き合いが長くなっているんです。

岩崎:だから、嬉しいです。
佐藤:カメラマン、要るね。写真撮り忘れちゃう。

岩崎:そしたら本格的ですね。
佐藤:あとで飯食いながら、外に出ても撮ろうね。俺が聞き取りして来たのは無名の30才前後。で30代まではさほど有名じゃない人、苦労している人。有名になったら近づきたくない。30代で自分の道が定まってくるので、観てるとそこが面白い。50代に入ると完成しちゃうからね。
若いときから喋り好きな人は多かったです。中山さんも朝まで喋ってりる・・・と神奈川大学の助教の家に泊めてもらったとき、聞かせられました。

岩崎:中山さんは喋りも好きだし、お酒もやばいし、朝まで呑む。
三枝:すごい呑む。
岩崎:朝まで呑む。

佐藤:俺には一人で呑んでいる・・・と語ってました。
三枝:バーに通っているらしい。

佐藤:二人はまだ出会いから楽しみですね。会って2年?
岩崎:会ったのは3年前の2023年。
佐藤:建築系は男だらけでしょうに、なんで岩崎さんだったんですか。岩崎さんが三枝さんが好いと思うのはなんとなく分かるけど。三枝さんは大勢の中から選ぶ権利あるでしょう。

三枝:いやー・・。
岩崎:選ばれた。
佐藤:選ばれたんです。もて過ぎて、相手多すぎて、あみだくじで決めたとか。(笑)建築界は女性少ない。
三枝:まあそうですね。
岩崎:選び放題。

三枝:私が設計とか偏屈というか、頑固なので、やりたい事とかも決まっていて。ずっと一人で部屋に籠って設計するタイプなんです。あんまり人と居るのが好きじゃなかったんです。彼はすごいニュートラルなんでそれがいいなと思いました。

佐藤:五月蠅くないわけね。
三枝:どちらかと言うと話を聞いてくれる。
佐藤:それは、岩崎さんはいい男だ。一緒にコンペやると従うのかな、必ず衝突するんじゃないですか
三枝:私の案にする。
     岩崎 けらけら笑っている
佐藤:それはいいね、対立したら彼女に任せたほうがいい。
岩崎:全部とは言わないけど、
佐藤:下働きは岩崎さんがする。
    三枝おお笑いしている。  渡辺豊和さんの話をしてる
建築家の奥さんになっちゃうと大変な仕事だと思いましたよ。家で威張るし。
      三枝:笑う
佐藤:俺も含め、酷い男が多いと思うよ。
三枝:うん、うん。
佐藤:女性に甘えて建築家になっていく人が多かったんでしょう。
    アルバアルトの映画の話もしている。


  彼は多くの女性から観れば、とんでもなく酷い男だよ。男性建築家としての虚像はメディアによって作られる。20世紀と現在は男女関係は違う社会に生きているけど・・・家族を大切にする、普段はごく普通の生活者であればいい。それを踏まえると女性建築家の方に俺は期待しているんだけどね。生活者である女性が建築家としても優れているほうが世は好ましいと思うんです。最近は多くなってきているんじゃないですか?

岩崎:以前に比べたら多くなっている。 
佐藤:岩崎さんは幸運にも三枝さんにほれられちゃったんじゃないか。二人で建築合議制できめていくのは難しいので、どっかが主導するようになるでしょうか・・・。
岩崎:建築って決定の連続だから。

佐藤:岩崎さんが三枝案の方がいいと思うから従うはず。愛されちゃうっていいよ。では岩崎さんののろけてもらいましょう。三枝はここがいいと。

岩崎:今おっしゃっていたことに近い。彼女は決めます。建築家は決める仕事だから。僕も決めれるとは思うんですけど、三枝の方がより良い。
佐藤:自案がいいときもある?
岩崎:そう思うときもあります。二人でやると結構考え方が違うんですよ。

佐藤:お互いに案をつくり、出来たら見せ合うんですか。
岩崎:そういう事もあるです。けど、最近思っているのは二人で更新していく、良い方が勝つ。
佐藤:二人でボールを投げ合いながら。
岩崎:パスし合うような感じかもしれません。一緒にやってぱっと見せ合うこともあります。最初はそうですね。

佐藤:いいね。
岩崎:その時に、意見が合わない時ももちろんあります、それが僕はいいと思っています。
佐藤:合わないときはどうしているんですか。
三枝:論破 ふふふふ。

佐藤:論破されるほうは嫌じゃないの。
岩崎:それはやむなし!設計するには違う意見が要るし、それを決めないといけないときは論が要ります。
三枝:完全にどっちかになっちゃうと言うよりは、時々ね。
岩崎:一応・・。
三枝:8割、2割とか4割、6割とか
岩崎:ドライブしていくんです。
三枝:だから、論破と言うのはいいすぎかもね。

岩崎:僕は決めていて、決まらないときは最終決定権は三枝と思っています。そのうえで、議論も対立もあるんですよ。
















 2026年8月20日

■博論書きたい!

佐藤:それは対立を深めなための防御策としていい構え・考え方だね。先に行くと子育てやったり、大学でも教えたりすることにもなりますかね

三枝:したいとは思うので、博士号とか、ちゃんと博論を書いて出したいんです。
佐藤:修士では何を書いたんですか。
三枝:シザの事を書きました。
佐藤:博士もその内容で極めればいいんじゃないですか。
三枝:もし機会があれば、書きたいです。


岩崎:だから論文を書いて先生になる、ことと、子育ての事とか一緒に設計することとか、
佐藤:それらを40才までに出来たら偉いよね。
岩崎:うん、うん。
佐藤:10年あれば出来るんじゃない、楽しみにしてます!博士論文できたら頂戴、集めているです。福島県の地酒と交換しているんです。
三枝:送ります。

佐藤:楽しみにしてます!作品のみの博士同等には疑問をもつね。作品の良し悪しは誰も決められないし、決めにくいですよね。コンペの場合は審査員が悪評を引き受けるとか、住民参加で決める場合は住民の人も建築に関して勉強してもらわなければいけない。
行政の人とも話して思うけど建築を知っている人は本当に少ないですよ。居ないと言ってもいいすぎではない気がします。家の祖母ちゃんは丹下健三は知っていたよ。

岩崎:最近は隈さんですね。
佐藤:名前は知っていても、どういう建築を作ってきたかは知らない。最近では東京オリンピック問題もあったし。
岩崎:あれは誰が悪いのか、メディアが悪いか。

佐藤:政治家と文科省と隈さんなど複雑に絡んでいるようです。審査員長の安藤さんも悪い、責任は不明のまま。日本らしい決め方だった。問題の本質は共有継承されていないんじゃない。隈さんのような方もいてもいいでしょう。

岩崎:うん、うん、

佐藤:二人ともアトリエ・中山事務所系だけど、岩崎さんは給料もらって働いたことないでしょう。
岩崎:ないです。
佐藤:偉い!こういう人が建築家になるんですよ。
三枝:ふふふふ。
佐藤:そういう意味では岩崎さんの方が三枝さんより建築骨は太い、ぶれない。事務所など勤めては影響受けすぎちゃう。先生の手法を受け継ぐことが多くなってしまうかも、先生を乗っ取れれば話は別になります。オリジナルは要らない時代になってるのかもしれない、そこは分からないです。

岩崎:小村雪岱のようなオリジナル。展覧会の最後のほうに書いてありました。肉筆画をあえて形式的に描く、みたいなことです。それが印象に残っています。だから型は必要な時はありますよ。

佐藤:小村さんは挿絵と装丁、舞台美術をなど、たくさん作ったので、肉筆画から離れてたからじゃないですか。どちらでもいいけど、仕事受けすぎて早死にしたように見えました。月一で呑み会に付き合ったりしている。

岩崎:呑み会・「九九九会(くうくうくうかい)」したり。

佐藤:新聞連載の挿絵も受けているし、目が回りそうだ、あれじゃ早死にしますよね。
岩崎:うん。だからゆっくり仕事はしたいですね。小村雪岱を観てそう想います。



 『インドの伝統的都市における 都市構造の形成と居住空間に関する研究─イスラマバードと間ドライを事例として』
2008年 柳沢究先生の博論



















■ これから暮らす場所

佐藤:九段下、ここはめちゃ便利ですよね。
三枝:めちゃ便利です。

岩崎:東京以外の京都とかもいいし。
三枝:ずっと東京に居るのかは分からないんです・
岩崎:それはないと思う。仮住まいです。

佐藤:博多もよさそうですね。60才ぐらいのお母さんなら孫守もできるし。
岩崎:だから東京じゃない所で仕事をするビジョンもありつつ、
佐藤:バランスがいいね。今が頑張り時でしょうから、二人で励まし合いなら続ければ良さそうですね。

三枝:暮らせる分だけ稼げたらいいなと。

佐藤:大学の先生になり給料を得ながら建築を考えるのはよさそうだけど。シザの歴史でもいいし、建築などの歴史を教えて自分の仕事は建築家で進める、それがいいと思う。
岩崎:それは確かにいいかも。
佐藤:自作がない領域の方が教えやすいだろうし、学生も悪い影響を受けないだろうし、職業を渡りあるくなら、建築実作、無い方がいいんじゃない。苦し紛れで学生の案をパクったりしちゃう先生はいそうだよね。


佐藤:シザの研究家+ポルトガル建築史、あるいは歴史の研究者はいいじゃなですか。
三枝:やりたいと思います。
佐藤:400年前に栄えていた帝国だったのに今は田舎だ・・・というのもいいよね。サッカーは強いかな。
三枝:辺境ですね。

佐藤:そこで勉強すると日本の辺境建築にも目は向きそうですね。生き方、変わるんじゃないかな。東京に暮らしていると、情報が集まり過ぎるので若い時分の環境として、揺籃期を過ごすのには適していないような気がします。

岩崎:まさに。
三枝:私もそうなりたい。
佐藤:二人は野心もあるし、論文の時間も要るし静かに流れる時間も合いそうですね。好ましい旦那さんを見つけたので、二人で建築は作れるし、手伝い合いも、できるしいいよ。

岩崎:もちろんです。 いくらでもね。
佐藤:研究するためには現地にいかないと駄目かな? ポルトガルは物価安いの?ユーロ圏だね。
三枝:留学中ですけど・・・・ポルトガルはスパーの値は安い。私はポルトガル大好きになっちゃって。

佐藤:生まれ故郷の博多と福岡って分かれてて、面白い場所だと思いました。歴史も面白いし、市立博物館もすごくいいですよね。展示内容、充実してて驚きました。金印から始まり、現代まで観るべき物が多すぎます。福岡から東京を見ているという暮らし方もよさそうですよね。

丁度お昼になりましたので、ご飯を食べに行きましょう。学生時代の作品などの話を午後にお願いします。

三枝:是非見てください。

佐藤:では、岩崎さんが三枝さんの作品を紹介し、三枝さんは岩崎さんの作品を紹介してください。全部紹介するには時間が無さ過ぎるでしょうから2つか、3っ紹介し合うことにしてください。この作品に魅せられちゃったんだとのろけ合ってください。


その3へ続く 




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