| 三枝理子さん・岩崎伸治さんと語る 2026年8月20日 | 作成:佐藤敏宏 | |
その3 近所の蕎麦屋で昼飯を済ませ、飯田橋駅駅近くの和菓子屋に行く。 和菓子を買ってきたのでワイワイしながら食べている。 1 2 3 4 へ ■三枝理子作品を岩崎伸治さんが褒める 佐藤:6月4日、お二人にはいい感じで出会ったんだね。岩崎さんは9月からは芸大には行かないんでしょう。 岩崎:そうです。 佐藤:では、それぞれの作品を紹介してください。相手を褒めることでお願いします。互いのお気に入りの作品から語ってください。 岩崎:では僕から三枝作品を推薦するか・・・。修士設計と修士論文かな。 三枝:一緒に制作した作品はいったん互いに説明してから、延長線上で語ります。 佐藤:二人で語り合った内容や対立しもめた点も含めて。作品を紹介し合う、初めての試みなので、面白そうです。夫妻で建築人を聞き取って来なかった。 三枝:じゃー、それぞれの作品と二人で作成したコンペ作品については後にして、本の事も後で。ふふふふ。 佐藤:本作りにはアパートの名前ついてましたね。 三枝:以前に住んでいたんです。 岩崎:大田区です。 三枝:多摩川の近くでした。 佐藤:ここからはお互いの良い作品、お気に入りを褒め合うことで進めましょう。ここは痺れた点なども含めてお願いします。 準備している。 作品名と時期も教えてください。 |
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■シザの建築とシザ研究 岩崎:これが三枝の修士論文を元にした修士設計です。 佐藤:九州大学に提出した作品ですね。 三枝:九州大学は論文でしか出れない。芸大は設計で出てます。私も設計した。 佐藤:これは九大に提出された作品ですか? 三枝:いや、一人で勝手にやりました。 佐藤:それは、それは、見込みありますね。勝手に修士論文を書いたそのもの!どこにも誰にも発表してないんですか。 三枝:見せたりしてないです。 佐藤:この聞き取りで初公開ですね。 岩崎:初・紹介です。 三枝:webに載せてますけど・・・web記録は誰が見ているかは分かりませんが。 岩崎:webにはデータが出るようにはなっています。これは何がいいか。三枝はシザの研究をしているんですよ。 三枝:修士2年の時からシザ研究したんです。 佐藤:どうしてシザに取り組んだんですか。 三枝:元々、知っているというか、良さそうだなと思ったけど、フランス留学中に10日ほど掛けてシザの建築を全部観て回って、とても感動してしまいまして。元々の修士論文のテーマは違うことを書こうとしていたです。現地で感動して、シザについて書きたくなりました。 佐藤:現物観てシザのことを書きたくなったと。論点は、使われ方とか、形とか、周囲の環境との関係とか、いろいとありそうです。綜合して良かった?10日掛けたとすれば10件ぐらい観たんですか。 三枝:シザ建築、10個はみたかもしれない。一杯いいとこ、ぐっと来たことあり過ぎて、私てきには一生シザを研究したいなと思ってます。 佐藤:ラブ、シザ!だ(笑)それはいいですね。建築の先生がシザになってしまったんだね。 三枝:シザですね。 佐藤:九大の岩元真明先生からシザに移行した(笑)。いいですね身軽さ。生きているんですか。 三枝:シザはまだご存命で、90代前半だと思います。 佐藤:現地で生・シザに会ったんですか。 三枝:会いました! 佐藤:2ショット撮りました、ある? 三枝:あります。論文を書いて、その後一緒に出版をすることになったのも、一冊目はシザにしたくって、シザのことを書いた文章を、二人の一冊目の作品にしました。それをシザに見せたいとメールしましたら「来ていいよ」と言われました。ポルトガルの事務所まで行きまして、(微笑) 佐藤:三枝さんはたいへん情熱があるね! 三枝:で、見せて1時間ぐらいお話して写真を撮ってもらいました。 佐藤:それはよかったです、シザ論かかえて・・三枝さんのシザ愛は半端じゃない。いいじゃないですか。貴方の建築を好きですと伝えましたか。そのときどんな感じでしたか。 三枝:シザ事務所に日本人が長く勤めていたかたがいたらしく、友好的。日本好きだよみたいな感じの話をしていただきまいした。 佐藤:彼の作品について論文を書いて持参する女性はいないんでしょうね。 三枝:論文も日本語で書いて、それを英語に翻訳したのを持って行きました。 佐藤:読んでくれましたか。 三枝:渡して帰ってきました。 |
![]() シザに手土産の日本酒を渡している写真 三枝さん提供 |
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佐藤:三枝さんはチャラ娘じゃないんですね。論文書いてきちんと好きを表現し伝えるのはいいですね。 三枝:その時は本気でした。 佐藤:本気・論文を書いて持参し本人に渡す。そういう行動が素直にできるからいいですね。お父さんにもう金やらん、自立せよと言われてもいいじゃないですか。長女は父親離れができちゃった! 三枝:父にも話したんですけど、ぜんぜん興味をもってもらえなくって・・(笑) 佐藤:ポルトガルのお爺さんのこと、娘に言われても分からなぇ〜よ(笑)。 でも修士課程までのスポンサーであるお父さんにも報告できて、よかったじゃないですか。 三枝:遊んでていいね!って言われました。ふふふふ。 佐藤:建築の体験や論文と勉強を、三枝パパは遊んでいる、と捉えたんだ。たしかに人生は遊びが大切なんだけど。失われた30年と言われる日本では遊び学はよくないと捉える人は多くなっているからね。寂しいかもしれないけど自分で選んだ道ですから。遊んでないと建築文化や本づくりなど、アートに関する思いは生まれないので、パパに通じないのは仕方ないです。 三枝:シザには一昨年、会いに行きました。サインをもらって帰ってきました。 佐藤:写真に、岩崎さんも居るじゃないですか、二人でシザに会いに行ったんですか。 三枝:二回目は、一緒に行きました! 佐藤:一緒!いいですね。よく聞くから日本人もたくさんシザ詣でしているですか。 三枝:シザ事務所へ行った人の話は、たまに聞きますよね。 岩崎:日本人でちゃんと働いていたスタッフは一人いました。伊藤廉さんというかたです。 三枝:シザ愛はここの棚全部シザ本です(微笑) 佐藤:シザ本を全部集める、いいですよ。 三枝:日本だと手に入りにくいです。伊藤さんというシザの事務所に勤めていた方が日本の学芸出版社で出された(2020)本です。ポルトガル語でも書いているけど、シザがどういう図面の描き込みをしているのかも書いてます。 佐藤:博士論文はシザについて書き切ることで決まりましたね。 岩崎:修士論文の最初の概要のところに「4つの視座」について、シザ・パースペクティヴ。 佐藤:日本にはシザについての先行研究者はいないんですか。 三枝:論文は探したらあるんでしょうけど。 佐藤:博論を書くとき先行論文は必要でしょう? 三枝:日本では少ない。たぶんポルトガル語とか海外で書いている人は一杯います。日本だと先行論文は見つからない。 佐藤:日本で発表せずポルトガルで発表することになるかもですね。博士号は世界中でも通用するから、どこに提出しても問題ない。英語なら世界中の研究者にも読んでもらえる機会が増えるね。入り口はネットでも広められるかな? 三枝:ポルトガルでのシザ研究論文も読みたいなと思ってます。 佐藤:それを集めて読まないと博士論文にはならないでしょう。本棚のシザ本は日本語だけですか。 三枝:日本語もポルトガルのものも集めました。 佐藤:偏った集め方でいいですね。建築本ではないけど俺も若い時分には好きな作家の本は集めました。博論、書き切るまでは雑多な他の情報集めてもしょうがないですよね。 |
![]() 三枝さんの本棚 |
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岩崎:こっちに論文の内容がまとまってて、こちらの綴りはずらーっとスケッチで、まとめた資料です。 佐藤:スケッチは現地で自分で描いたんですか。 岩崎:全部現地、そうです。 佐藤:これらの資料は念のためにいただきますね。サインしてもらい家に持って帰っていいですか。 岩崎:はい。スケッチがどんどん続いていくんです。ただただ続いていく。 三枝:図面を提出するというよりはシザの建築はずるずると続く、目の楽しさがある。図面を描かないでパースとか模型だけで、シザ建築をぐるっと建てよう、というのが設計意図です。 佐藤:なるほと。それを体験すると楽しくなってしまうので、それを追い循環できるようなスケッチで建てるんだ。 三枝:そうです。体験だけで設計はできないのか・・・と考えて図面を描かずに。 佐藤:見せ場を作るよくある建築家の嫌らしい、あの感じから脱してる。シザは見せ場を作らないんでしょう? 三枝:そうです。わざわざ見せ場を演出するような事はしないです。 佐藤:ポルトガルの方が建築文化は熟成しているんだろうね。 三枝:ふふふふ。 岩崎:うん。 佐藤:日本の建築メディアに毒されていない点も、三枝さんはいいですね。 三枝:ふふふふ。 岩崎:これは、下にスケッチの内容が書いてあります、上が仕上がりです。 入り口がある模型と、そのスケッチで順を追っています。すごくいいです。 佐藤:地形とか周辺の環境は描き込んではいないんですか。 三枝:場所は決めてまして、決めた場所には起伏があって山を登りました。斜面で坂をぐるっと登って降りている間に、先に居た場所と今居る場所がちょっと、気付いたり、気付かなかったり。 岩崎:時々外に目線が開くところは地図が描いてあります。 三枝:こっちを先に説明したほうがいいかも。シザがやっていることを大きく4つの項目だけ表して、最初は土地をどう捉えるのか、捉えているのか。どういうランドスケープに対して建築が成り立つのか。それを勝手に、こういうふうに考えているのではないかを解釈しています。 次は建築のプランをどういうふうに立てようとしているんじゃないか、その事を書いて。3つ目はこれがメインの修士論文の内容になります。私の修士論文はシザとアドルフロースの被服観に類似、似たものを見いだせるのではないか、それをスケッチとかヌードデッサンから考える。そういう論文を書きました。被覆観として建築をどう捉えていくのか、そのことに付いて書いています。最後はアイ・レベルになったときの細かい形態の操作について、大きさを順を追って身体的なものにし、それぞれの規模感 M、S、L、XLではないですが、書いたことを頭の中で行き来しながら、シークエンスを捉える。 佐藤:ここで取り上げた作品はシザが何歳の時につくったものなんですか。 三枝:一つめはシザの処女作です、33才ぐらいです。全部は調べないと正確には分からないです。 佐藤:33才で基礎ができていたという見方ですね。 三枝:それは本当に凄いですよ。 佐藤:日本では大都市だと、敷地内のことだけ要求されることは多いかもですね。地方での建築づくりの方が、景観や地形について考えられることで建築構想への影響が大きくなるでしょうね。歩いて周囲を感じて建築を体験しないと分からない。紙とスケッチだけだと頭の中で組み立てる建築では地方の建築は分かりにくいかもです。 三枝さんは紙媒体の写真情報ではなく、歩いて観て建築を感動出来てしまう。三枝さんの感受性が豊だということだと思います。シザもそこを考えて言語ではない、体験で設計し作り伝える。言葉優先ではない点にも魅かれると。 三枝:特にシザは喋っている内容がふわーっとしてて、「核心を交わすタイプの人だから」ですかね、だから考えられる。そこが余計面白いです。実際に行って現地で体験して図面を観ながら。 佐藤:現地で体験しつつ想像したり、構想の後追いもできる、と。言葉が一杯残されてしまうと、受け手の想像は広がっていきにくいような気がします。シザの実物を観て勉強を重ねる。それを繰り返すことが出来る建築。それは建築にはいいことでしょう。現場に行って体験して想像へ繋がり繰り返し続けられる。三枝さんは今風ではないかもしれない。YouTube世代だと動画見て分かった気になってお仕舞のような気もします。若い人はインスタやユーチューブ体験で済ませるのが一般的なのかなと思ってました。 シザ本人にも会い三枝論文を届けた・・・と。いい、建築でしかできない体験したと。一連の記録もつくり本を刊行し残している。いい感じですね。建築の基本が出来上がったということですね。 |
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■三枝さん博論に挑むのか 三枝:そうです。 佐藤:博士論文にするときは先生を選ばなければいけないんでしょう。 岩崎:どこで書くのか。 三枝:そうだね。どうしようかな・・・。 佐藤:シザ建築にピント来ない先生選ぶと、いけないね。そうなると外国人の先生探すことになるんですかね。 三枝:ははははは。確かに。 佐藤:ポルトガル語を学ぶのは大変なのかな。日本で博論ださなくっても、どこの国の博論でも世界中で通じるはずですよ。 三枝:その発想は無かったです。そうですよね。 佐藤:学費は要るけど。岩崎さんは三枝さんのこの資料のどこを推しているですか。 岩崎:これですかね、図面が無い点です。視線を全部記述し伝えている。 佐藤:なるほど。 岩崎:実際に物にするときに図面を媒介する必要はあります。それは分かっていますけれど、(スケッチ)ここにしかないものはありますよね。それを並べきれないんですけど、凄い長さです。一スケッチを一枚で出力するとオリジナルになるかもしれないんです。途切れ目が無くずっと続いていく、それは三枝が建築を考えていくのに大事な行為・表現なんだろうな、と思います。 佐藤:長い巻物にするしかないね。建築を一本の巻物で表現した最初の作品ですね。 岩崎:そうです。 佐藤:俺は建築家・松島潤平さんの巻物を買いました、一本しかないレアな本です。限定一部、それを俺は持っています。 岩崎大笑いしている。 三枝:へぇ〜。 佐藤:日記を本に仕立ててました。展覧会に出品した。1万円で売ってたので、買いました。あの巻物を思い出しました。三枝さんの建築観(体験)を一本の巻物にして表現する。面白いと思います。 三枝:うん、うん。 岩崎:だから、この三枝のオリジナルは、この並んだ画像なんです。 佐藤:順序が大切だ。 岩崎:イメージが並んでる、というのがオリジナル。そうじゃなかったら、修士設計も設計図の完成版とか模型とかに、集約されていくじゃないですか。でも三枝のこれはイメージが並んでいるものが実施設計である・・ということですよね。そのありかたとかは凄い、と思っています。 佐藤:なるほど同意。三枝さんは岩崎さんのこの意見はどうですか。やった!かな。 三枝:そですね。 佐藤;勝手に修論書いたし、旧来の図面表現の方法からも解き放たれてている。大学内ではこれは生まれない、そんな気がします。 岩崎:そう。それも凄い、論文の上にあるとは言え、これは完全に自主プロジェクトだし、旧来のそういう密度ではないな、と思うのは凄いポイントです。 で、時々模型写真が出てくるんですよね。その模型を展示していた時があります。これがその写真です。 佐藤:イメージと模型を並べて本して展示しているんだ。 岩崎:一部しかない。この隙間と、この廊下だけを表現する模型 (微笑)を作り、ぱっと写真を撮って、イメージのここに参加させているわけです。 佐藤:なるほど、体験からの想いを模型化してスケッチと並べる、という試みは楽しくもあり新しくもありますね。全体を示さず、断念していると言い換えてもいいかな、そこも面白いです。 岩崎:そうです、そうです。だからあくまで模型を完成させようとしているのではなくって、イメージが並んぶことの完成へ向かっている、向かうための模型。 佐藤:この手法だと死ぬときに体験した建築が連なって現れ全体が無い、そこがいいですね。 二人微笑む これにさらに、次の世代はイメージをどんどん継ぎ足してもいけるし、いいね。世代も行き来できる、他者とつながる。その体験全体が建築であると言い張れるね。見方捉え方として、三枝さんのような人には出会ったことないですね。それでいいんじゃない!ドンドン継ぎ足していける建築、イメージを入れ替えたりもできるし。 三枝:はははは。 佐藤:日本的絵巻物のような表現方法で次の建築をもつくりだしそうですね。聞いたことなかったです。 岩崎:これって無いよね!あるのかな? 佐藤:ないんじゃない、俺は見た事も聞いたこともない。 三枝:一人で勝手にやるから、作ろかと、 佐藤:それでいい。 岩崎:それが僕は好き。 佐藤:捉えどころと比較できない、新しさがあるからいいので、大学では評価もしにくいかもね。だから可能性を教えてくれている。一生かけてこれが建築だと言い張れる。三枝さんはそれを手に入れてしまったと。この融通無碍な構え方捉え方はいい。時々建築(や模型も)が現れて来るのもいい。これが私のオリジナルだと・・・今は言い張っていないですか。 岩崎:その主張もことさらしてないです、観たことないので。 佐藤:初めて語り合う、幸せな場と時間になってますね。 かいじょう微笑む 建築情報は写真でブツブツ切れたまま紹介する媒体は多いけど。一人の建築家にかわって観れば全てずるずるつながっている。三枝さんの新手法は既存メディアの欺瞞に抗うものですし、ぶつ切りで情報を売るという資本主義の悪い点も照射している。新建築が出来たワイワイ。出来立ての新建築だけを競って掲載してしまっていた時間が長かった。建築は写真だけでお仕舞ではなく朽ち果てるまで続いている。建築の様の根源にも迫ったる三枝手法で、いいんじゃないですか。新しい建築観ですよね。 ★ 岩崎:設計図完成、着工、竣工をもって契約を完了しなければいけない、そういう前提に対して、建築はずっと続いている。 佐藤:若い建築人は現在の契約制度や媒体の在り方から解放された手法を発明した、そういう視点に立てば三枝さんは凄いんじゃないですか。胸張って威張ればいい。 岩崎:大声で笑う。威張ってもいいと正直思う。 佐藤:気付いていたかもしれないけど、記録がなかったので、誰も気づかないかもしれない。ずっとやり続ける責任も生じるんだけど。 岩崎:はい。 佐藤:自分自身で負荷を掛けてしまうんだけど、しょうがないね。なるほど、この修士・資料がいい、という意味は岩崎さんの説明聞いてわかりました。 岩崎:これですね、素晴らしい。 佐藤拍手をしている 佐藤:どこに着地するかは分からないけど、三枝さんの建築人生を観続けないと分からない、それもいいよね。成りあがれない手法だし、いいよ。完成が無い、到達点が無いとも言えるし、それほど風呂敷デカくっていいよ。 三枝:何にもなれないかもしれない。 佐藤:誰にも教わってないから。何にもなれないかもしれない。そこに辿りついちゃいましたからね、じたばたしない。 三枝:そんなに、たいそうなことではないですけど。 佐藤:建築単品、完成して終わり、だった建築の捉え方が変わったわけだし、たいそうなことですよ。 岩崎:なんでこれを考えたの? 三枝:その時は九大は論文しか出せなくって、コンプレックスではないけど、九州にずっといたから。東京の芸大とか東大の人がやりあっているのに、凄い辺境で何もしてないので、なにかしなきゃ、と強く思ってました。 佐藤:笑)そういう意味ではメディアも役立っんだ。情報に惑わされて三枝手法を創ってしまったと。 会場笑い 三枝:原動力はそれです。 佐藤:離れて想像しているほうが力が湧いていいということだよね。遠くで眺めながら誤読をして妄想の果てに、オリジナルの手法を生み出し育ててきた。そういう感じでいいじゃないですか。「私、育てちゃったよ」東京暮らし、しちゃうとそこに行かなかったね。いかないね。 三枝:そうなのかもしれないですね。東京に憧れて出てきたんですけど、そろそろもういいかな・・と(微笑)東京は毎日忙しいのが疲れちゃって。 佐藤:都心のこの家に籠って静かに暮らす。 三枝:私、感化さされちゃうので、この展示に行ったらしいよ、と聞くと行った方がいいのかな・・・と。福岡にいたときは巡回展も来てくれないから。疲れてても行っちゃう。東京暮らし、最近は疲れている。 佐藤:展覧会なども、なんでも行けばいい、というものではない、と分かった。だから東京はもういいかも。 岩崎:分かってはいるんだよね。 三枝:そう。皆が行ってるとなると行った方がいいのかな・・・と。 佐藤:ちょっと観て忘れてしまい、資料として手に入れて持ってはいる。教えるようになったら、引っ張り出して見直す、れでいいかも。情報量が多すぎても消化不良起こすだけ。 三枝:アウトプットできない、まま終わってしまう。 佐藤:シザ先生に出会ったから、どうでもいい情報は三枝さんには意味なさそう。無駄な時間も必要だけど、20代すぎたら、そろそろ絞って仕事する時期かもね。 三枝:なるほど。 |
![]() シザのサンタマリア教会で神父さんに撮っていただいた。三枝さんより。 |
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佐藤:では、ここから立場は交代して岩崎さんの作品のいい点についてです。 交代準備している (三枝いわく)目を凝らせばつながっているのが分かる。バラバラに見ても大丈夫です。サインをしている。 三枝:分からないことがいいと思っていて、出来るだけ分からないほうにしたいなと思っています。つまならないと一掃されるぎりぎりぐらいの絵にしたなと思っている。 佐藤:普段はコメントしないんでしょう。 岩崎:喋っている印象はないけど、聞かれたら応えるでしょう。 三枝:私、聞かれたら応えるけど、自分から話すのは興味ない。で、好きに観てほしい。 佐藤:三枝さんの見方と応え方は一貫してんだね。展示会は前の家で開いたんですか。 三枝:引っ越す時に、引っ越し展をしようとなって。去年2025年の11月に九段下に引っ越して来るときに、引っ越すと物が動くから生活に関わる物だけを引っ越すと、作った物だけが家に残る。だからそれを展示。 岩崎:ということはそれを展示できるんじゃないの・・・となりました。 佐藤:いいね。三枝・シザ修士論と連なった姿勢してるね。 三枝:制作した物を前に住んでいた家に飾って展覧会。それを撮ったものです。 その4へ |
![]() シザに二人で出版した本を見てもらっている インスタグラムより |
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