長崎漫遊 2024  作成:佐藤敏宏 2024年6月

どうして長崎に

帰国したmy長女が「長崎に行こうか・・・」と検索しだし長崎漫遊は実現した。そこに至る経緯をはじめにお知らせします。(長崎へ発つ前に滞在していた宿住居についても)

(ドイツの休暇事情)

my長女はドイツで医療と基礎研究にも携わっていて、土日を除く平日に年間30日の休みが与えられる。例えば土日を入れると16日間続けて年に3度の長旅もできる。日本の職場で年に3度16連休をとっている人はいないだろう。が、ドイツでは16連休をとることはできる。年30日の休暇を与えない上司は無能呼ばりされ、罰則もあるそうだ。
日本では同僚や部下を社畜化してサービス残業を強いる者は少なくなったとは言え、まだいそうだ。だから権利としてあるはずの有給休暇だって取得できにくいのが現実だろう。組織に属する人同士が見張り合うので、年に3度も16日間の連休を取ったら冷たい視線を浴びせられ、組織から追い出し圧力が加わって居づらくなることだろう。労働環境がそうだから、長期入院にでもならなければ有給休暇を消化できない組織人は多数だと推測できる。労働文化は各国ことなるのでどれがいいとは言い切れないけれど、休みが多い働き方は誰にでもいいはずだ。

ドイツに暮らすmy長女は年度の初めに、休暇計画を提出し各医師たちの休暇計画とすり合わせるなどの調整をすることで、他の医師が休暇をとっても、日頃の医療現場は支障をきたすことがないように設定され、新年度の仕事が始まるのだそうだ。30週つづけて3連休と設定しても良いのだそうで、各自の暮らし方や体力に合った休暇計画を提出し、お互い尊重し豊かな1年の休暇計画を実現するという。




2024年6月28日午前10時半ごろ長崎空港に着いた佐藤。

2024年のmy長女は5月20日に帰国し31日に離日

宿はドイツからネットで文京区大塚に確保した。その間、佐藤が上京しても宿賃は要らない。だから、便乗上京し私的活動をするのが常だ。佐藤は20代の10年間恵比寿駅そばで働いていたが、仕事と遊びでも大塚駅周辺は恵比寿駅は山の手線の反対側だからその土地に縁が無かった。だから、人生初・プチ大塚暮らしができるのは楽しみである、どんな街なのだろうと新幹線に乗った。

my長女は東京都調布市で生まれた。小中と福島市だったが高校は神奈川県内の私立高校に入学し、皇居そば半蔵門駅近くの1kマンションに暮らしていた。多感な青春を皇居周囲を散歩したり、神奈川県下で暮らしたことが影響しているのだろうか、帰国中は都内にある宿住居台所・洗濯機、食器などが設えてあるワンルームマンション形式の長期賃貸宿を借り、福島市に暮らす家族を訪ねる。ノマドタイプといえる女性へ成長した。医学部を卒業し東北地方の医療機関に従事し、10年前からドイツの医療現場と研究機関に所属しノマド暮らしに磨きをかけている。

2024年5月20日午前8時、my長女は羽田空港に降り立った。福島市に暮らす佐藤は朝一番の新幹線に乗り上京しても、午前8時に羽田空港に着いて出迎えることはできない。「宿住居のチェックインは16時。羽田空港に天然温泉があって、風呂を浴びてから、大塚駅12時集合にしよう」・・そういう行動計画にした。

ドイツの地を離陸すると、絵付のメッセージがスマフォに入った。「わたしは2エンジン・ジェトに乗りました。天気が良く雲の落ちた飛行機の影のまわりに虹がでていました・・・」本当だ、雲の中にある飛行機影が写っている、影絵飛行機の回りを包むように虹が現れている。なんとなく良いことがありそうな絵が送られてきた。



この10年間利用している宿住居について)・・・

my長女がドイツで働くようになり、帰国するたびに借りている住居を宿住居と名付けている。ここで今回帰国での宿住居について見ておくことにしよう。

5月20日から31日まで滞在していた宿住居スケッチは下図のような、1LDK型の建築形式だった。


ホテルではなく都内にあるワンルームマンションの形式で、ツーリストに貸し出す住宅形式を宿住居と、私は呼んでいる。シェアハウスの体験をへ、2010年代のインバウンド政策を機に日本の大きな都市に出現した宿住居。このような建築物は富裕層の投資対象とし求めたマンションの一室だろう。そうして、ツーリストに貸し出すことで家賃よりは高収益をあげる好物件となっているはずだ。
上記の物件を家賃月10万円で貸し出すか、又は、1日1万円で3名まで滞在することも可能な宿住居だったら、借り手は1泊3000円となるし、貸し手は稼働率60%としても18万円の収入を得ることができる。どちらにとってもありがたい施設となっているはずだ。要件はノマド的な旅人が多数存在するかどうかで、宿住居の数は決まるだろう。

だから短期滞在で安価な旅をしたいと考えるる者が多数存在する、世界都市の東京、京都、大阪や福岡、沖縄などでは成り立つが、福島市のような地方都市では家賃として貸し出す方が収益は安定する。

申し込みから鍵の受け渡しまで全て人は介在せず。ネットと暗証番号とで貸し借りと利用者と清掃業者がスムーズに機能して成り立っている。退室後の掃除料金は料金の中に含まれる。台所と食器や調理器具、冷蔵庫が設えてある。洗濯機もある。浴室が乾燥室に機能が転換するので、洗濯物は浴室に、あるいはテラスに干せばよい。利用者のゴミ捨て場は1階に設えてあり、常時そこに放り込めば済む。不燃・可燃資源ゴミの曜日指定がないので旅人には快適なノマドハウスとなる。
何年もいろいろな都市で宿住居を経験する様・居住形式を、星座型居住と呼んでいる。それは世界中にある宿住居を仮想の線で結ぶと、利用者だけに見える我が家(宿住居)の在りかが星座となって立ち現れるというわけだ。土地や職業や職場にへばりついて生きる農耕型の者には得られない、ノマド型旅人にとってのワールド・ワイドな暮らしを支える施設となっている。

近所にスーパーがあると、食材はなんでも手に入るので、自分好みの簡単な料理が手作りできるので店で食べることが極端に減る。だからいつ食べても閉店にならないし、味は自分好みに調理できるので、我が家に居るような暮らし方が可能なのが宿住居の好い点だろう。



都内で唯一無二の都電荒川線。大塚駅前駅の様(三輪駅から早稲田駅まで)








突き当りの扉を開けると玄関 右白い箱は冷蔵庫


台所を使った朝飯の例
調理器具と食器は宿住居に備えてある



天井面を主に備え付けベットの方を見る明るい
5階の部屋で2箇所に窓があり風が通り快適





徒歩数分の所に23時閉店のスーパー



(鈴木達治郎先生にメッセージする)

文京区大塚にある宿住居で手作り飯を食べながら、帰国そうそうなので語り合った。その内容の一つをあげると「長崎大学核廃絶センターの鈴木達治郎先生と花田達郎先生と、1954年制作映画『ゴジラ』、30作目の『ゴジラ-1.0』、『オッペンハイマー』の鼎談記録にふれながら「今年は長崎へ行く計画だ・・・」。

my長女は手持ちのPCを操作すると、「マイレージ貯まっている!!二人で長崎に行けるよ・・・」と言いだした。「それはいいね、旅先で知った人にも会わないと、旅は楽しくないよ。長崎大学の鈴木達治郎先生にお会いしたいので、メッセージ送って空き時間があるか聞いてみるよ・・・」。

鈴木先生は国際会議がありウイーンに滞在中だった。が「長崎に来られるとのこと、大歓迎です。27日(月)、28日(火)の夕食なら空いてます。よろしくご検討ください。」と返信があり、28日の夜会う・・・と決め、宿と航空券を確保した。

今年度中にコツコツお金を貯めて、格安チケットを確保し、安宿をさがして長崎に行くことにしようと考えていた。だからまだ資料集めも行動計画も予備知識の準備もしていなかったが、渡りに船とばかりにmy長女の提案にのった。人生はタイミングを逃すと何も起きないし、日常と異なる地を移動すると何か起きる。歩いたことのない地形をweb地図で見ているのとは異なり、自分の足で地形や太陽の位置を感じとると、記憶の継続性がグーンと高まるし、思わぬアイディアが浮かんだりして妄想にも浸れる。だから日常でも暇があったらウロウロする、まるで猫のようにだ。

長崎市を訪ね、外せない地は(右図の)原爆投下(爆心地)と原爆資料館と決めた。長崎にある歴史的な外国との交流を思っているだろう、my長女は「出島とグラバー邸だ・・・」と言う。「じゃ、訪問初日は原爆資料館と爆心地。翌日は出島とグラバー邸」。それだけ決め、他は縁次第とし欲張らないことにした。なぜなら老人の旅なので体力がなさそうだし、my長女は帰国にさいしては時差ボケを調整せず午前中はのんびり休憩し、午後から夜へと活動・行動していたからだ。老人の体力減と時差ボケは相性がいいことにし行動している。

2024年5月28日の様子)へ続く