2004年9月18日建築家堀井義博さんと建築あそび講演記録 HOMEへ
01  02  03 04 05 06 07 08 09 10 11 
12 13 14 15  16  17 18 19 20

18 
★★ 設計と 構造と仕組み★★

これはコンセプト・・それから その構造と仕組みなんだけど・・これについては何度も喋っていますよね・・webサイトはオープンするのは良いんだけど、動かないんですよ。ズーット・・ラストアップデーとか言って、最新情報とか書いてあるのが半年以上前とか

佐藤 わらう

最新なのそれって・・印刷メディアがそれはありだ と思うんですよね。印刷した時点で固定されるから。かっ何年何月号というスタンプと共にそこで固定されることに印刷の意味があるから。だけどwebは仕組みを少しでも知っている人だったら、すぐ分かると思うけど 絶対そうじゃないんですよ。間違いを見付けたら今すぐ更新出来るんですよ。

当時困ったことに・・端からから端まで凝りまくってフラッシュとかビッシリ作ってあるんだけど、でも・丸々1年とか2年以上 まったくなんの更新も無いという。捨て看板ですよね。・・パチンコやの・・パチンコ屋の看板だって更新するんだから・・・

それはwebとして・「そういう用途にwebを使うのは間違えているなー」と僕は思う。つまり「2年置いておくメディアじゃない」と思う。作った以上 日刊新聞でも週刊新聞でもニュース速報でも良いけど、とにかくバンバンバンバン動いていなといけないと思う。

そういう風なことができるような仕組みに設計しなければ、作らないと、そういう仕組みを持たないと・・とりあえずその時点でフラッシュは外れましたよね

佐藤 笑い

フラッシュはフラッシュで この頃一生懸命やってたんだけど。面白かったから・・でもこれは一寸違うナー・フラッシュ・ギャラリーみたいな所で、フラッシュの作品を作って、それが月々一個作ってアップされるんだったら良いんだけど、メインのシステムをフラッシュで作るのはあり得ない

同じような話ですよね・・間違えば・・ちょうどこの頃webブラウザ自体が、バンバン変わっている時代だったから、インターネッ トエクスプローラーの出始めた・・出ていたけど この「一年ぐらい前のバージョンはゴミだ」って誰も使っていなかったから・・win98とかが、本当にコンピュータに何の興味もない人も買うような時代になりつつあって、例えば「CADをやるから」って言うのも用途があって買うわけじゃん。用途が無くても買う時代になっていたんですよ

そうすると その人はインターネットエクスプローラーがどういう問題が有ってとか 考えないよね。コンピュータ 買ってスイッチ入れて、起動したら、インターネットにアクセスするというような ショートカットみたいのがあって、それで自動的にインターネットエクスプローラーが立ち上がっちゃうから・・その人はそれを選んでないけど、そうやってアクセスする人が圧倒的に増えちゃった

当時 一番安定していたのはネットスケープナビケータの4.8ぐらいのバージョンだよね。そんなことお構いなしだよね。やって来るんだもの

会場 笑い

インターネットエクスプローラーがやって来るんだもの。ま・・例えば自分はインターネットエクスプローラーをたまたま使っていなかったけど。自分の知らない所で インターネットエクスプローラーで表示したら こんな風におかしくなると知ったら、それを直した方が良いと。だってそっちの方が数が多いんだから・そうすると・・整理しやすく作って置かないと良くないでしょう

これはどっちかというと 一番の捕捉かな〜・・・これも一緒ですよね。例えばさっきの例じゃないけど・・べつに特定のサイトを揶揄する訳じゃなくて、端から端まで完璧にビッシリ・デザインしているんだけど、どっか綴り間違えてたー・・有るじゃないですか。・・サイバーメトリックも実際あったし。

それを直すために、フラッシュの2から3メガあるようなファイルを一から作り直すのは馬鹿馬鹿しくて そこの間違いだけ直せば良い訳ですよ。例えばフラッシュだとすると、フラッシュはそういう風に作れないし。フラッシュは一個の固まりだから。取りあえずそいう仕組みでは絶対 あってはいけないし、

そうではなくて「伽藍とバール」の比較で言うと、バザールのように具合の悪い所をモジュール的に引っ張りだして、新しい構造と入れ替えたり出来るようになっていなければいけない」と思った。

これは同じ事を言って居るんだナー・・一行じゃつまんないから、3行ぐらい書いておく

佐藤 わらう

あと次にbと来てcがあるんですけど。これはね・・これも同じですね・・モジュール化して・・この鍋いけないからあっちのヤカンを入れると・・鍋とヤカンの話をしているわけじゃなくて・・

・・これは今日見せるのね・・言葉をだいぶ悩んだんだけど・・他に言葉がないからデザインという言葉を選んだ


松田 設計でもいいんですか

まさにその言葉が後で出てきます・・設計なんですよねホントはね・・デザインという言葉が、実際に流通している・プラス webでデザインと言うと、それは見た目のことを言うんですよ世の中でほとんど、困ったことに・・でも僕の頭の中ではデザインとは まさにこれなんだけれど。これこそはデザインなんだけど。困ったことにそれは俺がそう思っているだけで人はそう思ってくれない

松田 アーキテクチャ・・違いますか

h:それで分かる人にはそれで 通じるけど。困ったことにそれで通じないことが俺の経験上では多いから。 実際 webは困ったことに・・・ 当時はそうでなかった けど今ますますそう成りつつあるんだけど。目に見えない仕組みと、目に見える表面を今はドンドン分離 出来るようになりつつある

カスケードイングル スタイル シートとか聞いたことあると思うんですけど。スタイルシートという所で、そこをソクッと入れ替えただけ ストラクチャーは全く違うんだけど見た目に全く変わっちゃうとか、そういうことが 今ますます出来るように成りつつあって。これはリアルな建築とは決定的に違うことですよね。

同じラーメン構造にテンパーライトのガラスを貼ったファサードと厚さ6ミリの大理石を張ったファサードと絶対違う。webではガラスと大理石をスコンと入れ替えられるんですよ。当時もそういう状態が始まりつつあったんだけど・・それがデザイン・・なにを言いだ・・あぁこれね

さっきの リアルカフェというか・・・・実演うどんこね・・みたいな・・そこに確かに人が居て 建築屋さんが一杯 居て・・さっきから繰り返し言っているんだけど、コラボレートしているんじゃないよ・・共同で作業しているんじゃなくて、別の考え方を持っていて、「それぞれ何の関係も無くていい」と俺は思った。

なんの関係の無さがちゃんと分かった方がいい。デザイン上はそこに居るんだから、さっきの町並みの話ではないけれど・・ファサードが並んでいるときに、いきなり高松伸みたいな鋲をバチバチ打ったグロイ建物が在るかと思えば、フランクゲーリーみたいにグニャグニャとした建物が並んでいる。そういう状態で、個々がバラバラとはそういう意味でバラバラで良いんだけれど、でも 同時に何かそこは揃ってくれていると良いなーと、

高松伸の建物の横にゲーリーが建っていて その横にザハハディードの建物が建っていてというよりは、むしろ一軒目は本屋さんで、二件目は病院で三軒目は法律事務所で4軒目は銀行があって、中身はバラバラで、全然別々でいいんだけど、全体として統一していると そこは美しいだろうなーと僕は思っっていたんです

だから都市計画的 ぽくは考えていた。昔の都市計画ですね・・そういう外観があった方がいいなーと、中身は徹底的にバラバラでいい。

これも重要なんだけど、せっかくカフェというメタファーとして借りてきた以上、これも実現できていないけど、名前が何とかカフェとか在るじゃないですか。最近ここ2〜3年ワークショップとかやる・・建築じゃなくて・・生活の知恵百科みた感じの・・何かあったりして、暮らしの知恵カフェ。なんでもカフェと付けると思っている

僕も半分はそんなつもりで付けていて、でもさっきも言った通り自分のアイディアのソースは 本当のカフェを作るつもりだったから ・・一応 記念になんか それっぽい雰囲気を残したいと思った。今はそれ 何処に残っているか後で説明します。

・・長い沈黙・・・

これは さっきから言っている こういう説明をしてはいけないと自分に課す。能書きとしてこのサイトについて、時々ありますよね。書いても良いんですけど、少なくてもこの事に付いては書いてはいけない。

このサイトはネット上で暇つぶしをするサイトです」 そいうい説明文は、実はコソッと書いて有るんですよ。このサイトがどうして成り立っているかについては絶対に喋らないでおこうと決めたんです。

何でかというと 全然そう感じない人もコレってそういうツモリで作ったんでしょう」と言い始めるんのが嫌だから。

 建築の雑誌がみなそう出来てますよね 。同意出来るも へったくれも関係なく、図面とか写真が載っていて、建築家が説明すると あそこはこういう意図で作ったらしいと、みんな知識をシェアーし始めるわけですよ。

俺は「シェアーすべきはその技術の方だ」と思う。気分じゃなくて。それを「どうやって解決したかの技術については同業者はシェアーすべきだ」と思うけど。ディテールについて書いている本とか、最終的にどの業者のどういう行程でやったかについては僕たちは業種としてはそれを「シェアーするべきだ」と思う。

同人誌というか ああいう雑誌というのは 素人向けに作られている・・、どうせ業界仲間に作られているんだから、業界の人間としてはその情報が載せてあるべきだと思うし載っているべきだ。

例えば建築知識みたいなものはそこにフォーカスを当てて そればっかりやるでしょう。あれは見て美しい雑誌か と言うと 見て美しくないですよね。アンチョコみたいで・・つまんない。他方で・・

素人向けじゃなくて半分専門誌なんだと言ったけど、他方で写真は美しくさ〜、載っている建築家の文章は何か書いてあるか分かんない、気違いの戯言みたいなモノが書いてあわけですよ。戯言に俺たちは付き合う必要はない

同じ理屈に僕の戯言に付き合ってもら必要はない。そうではくて僕らがシェアーしなければならないのは戯言じゃなくて具体的な技術の方であって、問題が有ったらそれについて批評していく。

僕はそういう意味において、僕には僕の考えとか・・これも矛盾しているんだけど、僕なりの考えがあって、妄想があって、理由があって・・、それについては分かってもらう必要がない。感じて もらったら嬉しいけど。俺が説明する事じゃないと思ったんですよね。だからそういうデザインにしなければならないと思った。

それがうまくいったかどうかは分かりません。そうなんだけど

A内容機能
b構造仕組み
c デザイン

   

しばしば・・これはwebについて具体的に書いているんだけど、より一般的にダイアグラムで、例えばコンテンツがあって仕組みがあってデザインがあって、これらが三位一体になって、一つのプロダクトが出来るとか、こういう言い方が世の中によくあります。よく広告代理店のプレゼン仕様になんか本当によく書いてあります。


佐藤わらい

まったく同じなんだけど、次のようにも書き換えられる。例えばコンテンツがあって仕組みがあって、デザインがあって・・同じシャンと思うじゃないですか。何が違う・色が違う・・

    
会場 笑い

これは冗談抜きで すごく重要なポイントだから学生の人は真面目に聞いて欲しいと思うけど、これとこれの違いは大変大きい。何でかと言うと少なくても作ろうと思っているAというモノがあって、その内容とか機能というのが、それを成り立たせる機能は別物だと言っているんですよ。

こっち (先の図)に置いては同列に扱っているんですよ。機能が別に構造の下にはない。構造が機能の下にはない・・これは一応並列なんです こういう一寸色使い違いに いちいちダイアグラムの真意を決める。このダイアグラムの本当に言いたいことを現しているんです。

これとこれはそっくりそのままだけど。微妙に違っている。好みをあえて言えばこっちだ。

さっきの広告代理店は茶化した言い方だけど、これは本当によく出てくる。まるでこういうモノがそれぞれ別個に分離できるモノであるかのように書かれていて、プラス三位一体になっているの、無理だと言うわけです。こういうダイアグラムはあるプロダクトの企画とか提案とか、それを設計するのにホントに頻繁に出てきます。もしかしたら、ここの言葉は違っているかもしれません。

行政の10年後の我が町みたいな提案なんかによく出てくる場合があるんですね。ホントによく出てくる・・環境・自然・平等とか・・

会場 わらい

無理だってちゅうのに・・という かそういう風に分離することがいけない。で・・プロダクトを成立させるために論理モデルとして、適切でないとしたら、代わりに対抗馬として例えば用途が機能があって、それと並列に機能や仕組みがある・・でもデザインというのはその全体を統括するもんだよ、という言い方は、こういう二つのモデルとは見た目は随分ちがいます。

  

ここでもたぶんこの並列・・統括するモノとしてのデザインという言い方、が・・僕はまだ気に障る・・まだ充分だとは思わない。でもこれはよく見ます。よくある弁証法的なテーゼがあってアンチテーゼがあって、それを全体に統括するシンテーゼがあるという言い方です。「二元論的対決の窮極の目的はそれを使用した状態である」という言い方ですよね。そういう概念としての説明のしかた・・これも僕はあんまり納得がいかない。さっきのヤツよりは自分の持っているデザインの感覚と少し近いけど、この説明をあんまり好きじゃない

 僕が説明をするとしたら、用途があったらそれを構造化しなければならない、それをデザインに しなければいけない。

    

さっきから言っているのはダイアグラムだから、敢えて言うとどれも正しくないんだけど、どのダイアグラムが最もフィットするかというだけの話なんだけど・・僕が自分が考えたいた事をサイバーメトリックで実現するときに、自分がとろうとした態度は、最初の三つ巴のヤツではないし、弁証法的解消でもないし、これです・・

これは何を意味しているかというと、再帰的に定義するんですね。つまり機能があったらそれを満たすために構造がなければならない、構造を成立させるためには機能にフードバックしなければいけない。それがうまくいったらカタチに まとめなければ行けないんだけど、それがもう一度構造にフィードバックしなければならない。手間が掛かるし面倒くさい。

でもこういう風な論理で作られたモノでなければ、面白くないなと僕は思う。僕の感覚

二次元の平面の上に円で書いているから分かりにくいけど、僕の頭の中では垂直に重なっている。前に出てきてます。

・資料を捜す堀井・

デザインという言葉を使ったんだけど設計と言い替えてもいいだけれど、困ったことにデザインという単語が、英語のデザインというのを英和辞典でひくと、ちゃんと意味は設計と書いてあるから、設計デザインという世の中に出回っているのは あれは設計・設計と言っているんですけど・・笑い・・もしくはデザイン設計、世の中に出回っているけど、純粋に意味のない言葉だなーと・・でも言いたいことは分かる。

つまり側(皮)を作っているという話なんですよね。構造は作らない。だからロバートベンチュリーが言っていた所の、デコレーデッドシェッド・・ダックアヒルだ。中が喫茶店であろうが、ガソリンスタンドであろうが、廻りをとにかくアヒルの形にしてしまえというのが、世の中の言うところのデザインです。それは中身の構造とか用途とか何の関係もない。あってもいいよ・・

 日本に在るパターンで言うと苺のカタチをしたバス停。それは地元が苺の産地だから・・でも構造とは関係していないですよね。・・そういうのって、僕は世の中から排除したいというほど、嫌ってはいないが、自分がやりたいとは思わない。もう一つは 自分は出来ない。

さっきのこいつの話は ロバートベンチュリーのアヒルに近いですよね〜・・構造の問題も内容の問題も、加味してでも上に皮(がわ)を被せるという・・このダイアグラムをそのまま現していると思うんだけれど、再帰的に決定されたデザインのコンテンツに 再起(再帰)的に影響を与えたり・・デザインが再起(再帰)的に構造に影響を与えたりということがある。このダイアグラムはこの図式が表していない。

この考え方がそれを現していない。だからデザインが設計というよりは意匠を現しているよね 俗に言うところの。


こっちの場合は再帰的に・・「ここは真っ直ぐよりも少し曲げた方がいい」と言った瞬間に構造の問題に成っちゃう。それは突然 内容に影響するというような作り方。

だから再帰的にこれを決めたら、ここに影響を与えるが ここを決めたと思ったときに、ここにもう一度帰ってくる。ここが解決したと思ったら こっからまたここに帰ってくる。もちろんこっちにも帰ってくる。

もの凄い非効率的だけれども、少なくても今ここで上げられる・・用途・構造・・ここでは敢えて外観と言った方が良いのかなー・・分かんないけど。用途 仕組みと 見た目とうものが、密接に関連しているが、設計の仕方というのは、単なる意匠というよりは、そのものの ありかたを設計するという行為だと思う。論理モデルとしてはこれをとりたいと・・


  次のページへ 


.・・