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福島第一原子力発電所の事故によって起きている様々な問題を勉強し始めました 勉強過程の記録をつくってみますご活用ください
「新生ふくしま」の原動力としての「社会的起業」の意義と可能性〜福島県での起業支援活動を通じて感じたこ
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座ってお話するのが落ち着かないので 4:30 立てるところまで立って。マイク使わないでいいですかね。地声がでっかいもんで、何もない処で話しをした方がよいのかなと思っております。

新生ふくしまの原動力としての社会的起業の意義と可能性 、福島県の企業支援活動を通じて感じたこと。というタイトルで1時間半ほどお話をして、そのあとで皆さんと質疑応答というふうにうかがっております。

先ほどご紹介いただきましたとおり、とある切っ掛けで福島県の社会的起業、新生ふくしまの原動力という一つのエンジンになりうる方々、の〜支援というところに今巡り会いましてですね。約7,8ヶ月。N先生の協力を頂いましてですね。・・そういう中でですね、いろいろと感じたこととかですね。今後どうなっていくのか?いうところですね、先ほども紹介いただきました通り。阪神淡路大震災とか震災後ですね、私当事者として、見て来た経験ももございます。その辺も踏まえてですね。皆さんと、この経験とかを無にしない方法というのを皆さんと考えて行きたいというふうに思っておりますので。

平日のお忙しなかお集まりいただいて本当にありがとうございます。しばらくお付き合いください。6:16


今日の内容ですけれども、まず前半で私、もしくは今関わっている事業についての概略について御説明をいたします。その後社会的起業とう言葉、なかなかまだまだ聞き慣れない、言葉なのかも知れません。どのようなものか?っていうことをですね、皆さんと共有したうえでですね、今後福島県が復興していくという中でで 社会的起業というものがどういう可能性があるのか?な〜ということをですね、皆さんと共有しながら考えて行きたいというふうに思っております。

(自己紹介)

自己紹介です。簡単に、皆さんのお手元にもあろうかと思いますので、詳しくはそちらの方を見ていただきたいいうふうに思います。私今ですね、もともとあーの〜。サラリーマンと言いますか、東京の方でコンサルティングの会社、でですね。やく7,8年勤めまして。その後2009年に、独立というかたちで、自ら会社をたちあげるかたちになってますけども。それで色々と地域であったりとか、・・さんも含めた行政さんを含めたコンサルみたいなものに足を踏み出したと。いうかたちになっております。

当初ですね、先ほどもご案内いただきました。過去にですね、一番最初は、神戸大学という学校で経営学を学んでおりました。特にその後会計学をやったんですけれども。そういう経歴のあるなかで会計系のコンサルティング等ところでまず足を踏み出したんですけれども。

元々そのどちらかと言うと地域社会であったりとかに、関心をずーっと持っていたところもございまして。 民間企業さんのコンサルティング。特にシステムの導入であったり。 という仕事をしてきたんですけれども。そういう中で、地域の課題であったり、社会課題を解決する主体っていうものを、に対して非常に関心をもつようになりまして。

29才のときですかね、社会人の身分になりながら、大学院に籍・席を置かして。それで地域経営であったりとか、行政経営みたいなところも研究をしてきました。

その後ですね、またそれを活かすようなかたちで「何かやりたいなー」というふうに思ってまして。それで先ほどもうした通り独立したんですけれども。そういう中で実際に、いわゆるコンサルティング だけではなくって、本質的な処は地域の支える人であったりとか、仕組みみたいなものが、実際に動く人達がしっかり育成していきたいと。いうような、ことに行き着いたと。

同時にですね、色々とそのー。人と人のご縁みたいなものございまして。こういう人材育成、とくに社会を支える人材を育成する事業に、ちょっと携わらないかと。いうご紹介を得まして。そこでNさんからのですね、N先生からも紹介ありましたけれども東京埼玉方ですね。新しい公共という文脈で、地域を支える人材を育成したりとかですね。あとこういう場所をですね、作っていくと。いうような、ことをづーっとやって来た方がいらっしゃる。その方とやってですね。それからある意味パートナーみなた関係で、色々と、お手伝いをしている中で、社会的起業の育成という事業に出会いました。

今から3年弱ぐらい、2010年にですね。さきほど一寸紹介ありましたように、内閣府の方でですね。地域社会雇用創造事業というのがございましてですね、それをインキュベーションマネージャー。もしくは事務局という立場で。これから起業をしていきたいという方々、の。ご支援。であったりとか。講座の提供みたいなことをやりだしました。

去年の4,5月だったかな。5月に昨年申した、東京での事業というのは一端終わったんですけれども。その後復興支援型の社会支援事業というのがございまして。それが、始まりまして。それを また お手伝いをしておるというようなかたちで。今に至ってます。

えーと。4枚目ですかね。次の頁に内閣府の復興支援型の地域社会雇用促進事業というものの、ざっくりした ございます。

今被災地、いわゆるですね。被災地と言われる、岩手県、宮城県、福島県ですね。中心として、いわゆる起業、起業の中でも、色々被災をしてこれから復興をしていくに当たって、これまでの一般的な営利企業。営利もできない一方で、なかなか行政でも手に負えない。対象ですね。処理できないような、部分について、起業化して支えていくというような、人材を作っていこうと。

実際手を挙げて起業する方々であったりとか、そういう方々を支えていけるような人材を作っていこうと。いうような目的で排出したプログラムになります。

有識者による、選定委員会というのがありまして。先ほどご案内があった通りですね。被災三県で12の事業体が採択をされまして。去年のだいたい5月、6月ぐらいからですね。起業支援、人材育成のプログラムをまわしておると。いうところでございます。

そういう中で、私どもは地域内事業・・ というささえるという事業を運営しております。先ほどの頁のですね、右側ですね、12企業あります、その一つの事業体がやっておる。かたちなどの・・ 。私どもは、その中でもですね、福島県全域と、三陸大船渡でですね。インキュベーション事業と民間の事業という。動きの二つの柱でですね。丁度今今年、3月まで実施しておると。いう事業になっております。

先ほどお話しいだたきましたとおりN先生が震災委員長とういうかたちでですね。起業家を採択をしてですね、その方々を去年の6月ぐらいから、合計つごう5回ぐらい、この5階で審査会を開きましてですね。それで採択をしたんだけれども。

福島地区でだいたい、21件ですね。あと三陸の大船渡の方で12件合計33件を採択して、今年の3月までに、いわゆる起業ですね。起業というのは例えば法人を立ち上げる、株式会社でも一般社団法人でもNPO法人でも結構ですし、一部組合であったりですとか、個人的に、個人起業みたいなかたちでやられる方もいらっしゃいますが、なんらかの、事業を 開始すると。その準備の段階のご支援を我々インキュベーションマネージャーであったり とか、。実際に起業支援金ですね。 その当たりを付けてあげてですね、それで起業に向けて、手伝いをしておる、いうところでございます。


一方でですね、インターンシップ事業。いわゆる教育事業。研修プログラム事業ですけれども。これも、主にですね、これから起業をしていきたいという方々をスタッフみたいなかたちであったりとか、あとスタッフでないにしても、色々と例えば賛同でお金を出して上げるとか。何か例えば最近ICであったりとかソーシャルメディア お聞きになっていらっしゃると思いますけれども。そういうような、ツールを使ってですね。有形無形のご支援をしていけるような、人材とつくっていくというようなプログラムになっております。


それと同時にですね福島県内でですね。色々活動されていらっしゃる方々に、もういっかいちょっと集まっていただきまして。これから、被災地における起業家というのを育成していくために、どうあるべきなのか?ということをですね、みんなで考えるとか。そういうプログラムを回しておりまして。その内の一つでですね、福島大学さんの方でもですね、災害ボランティアセンターという学生さんの参画が、ございますけれども。そちらの今2年生ですね。2年生の方々を中心として、約13名いらっしゃいますけれども、これからですね、中心的にみなさん1年間関わっていかれるだろうと思いますが。

何をやっていくのか?もしくはせっかくのこれまで先輩方がみなさん色々とですね、活動されてきて。比較的色々と、被災地 近いところですね、ボランティアされていらっしゃいますので、色々とね、評価が高まったりとかね、また引き続きなにかやって欲しいと、いうような評判が高まってきている中で、そういうようなものを、これからどういうかたちで続けて行くことができるのか?についうことですね、いま言った社会的起業というキーワードを当てはめることによって、ちょっと継続性について考えて行きましょうと。いうようなプログラムをですね。

まあ、実際の講座は昨年、2月ぐらいから、ちょっと始めまして。ちょうど、3月の来週ですか、26日にですね、新人研修を というふうなかたちのプログラムを今  回しております。

そいううな大きな二つですね。柱。の人材をあるいみ集合体 コミュニティーのようなかたちで回していって、これから何か立ち上げて一つできないか?なという随時 模索はしております。

はい。

で、さきほどちょっとお話した通りですね。はい。



続いてですね、社会的起業について考えて見ましょうという・・と思います。

社会の現状と、この20年でどのように社会が変わったのか?というスライド載せさせていただいております。これ実は福島大学の2年生に使ったものとまったく同じものを挟でおりま。みなさんはもう、私がちょうど18の時ですね。1993年というのは。その時と今、私38才なねすけれども。どうなったんだ?ということをですね。改めてお復習いをしようというところでございます。

みなさん本当によくお分かりかと思いますけど。ただ実際数字であったりとかグラフであったりとかでみて見て、「あ、こんなに変わったんだ」と。意外とこの20年間で、失われた10年とか20年とか言われたりもしますし。実際現役として我々走って来ている訳なので、20年間の間ある意味、あっという間。だったり気もします。私もまだ、未成年だったけれども、何かおもうおっちゃんになっていると。いうふうな感じでありますけれども。

ただ、改めてこの20年間を右左と考えて見て、あ、変わったな−と。いうふうに思える処と。あんまりかわんねーなーと。いうような処があるんじゃないかなーというふうに、感じてます。

どうですかね。なんとなくふふふふふ。変わったかなーというふうに思うのは。特に人口の構成のところであったりとか。それ以上GDPですよね。2位から3位になったとか。あと借金の拡大、莫大に増えてるんだな−ということは改めて感じます。

あとまあー非正規の労働、社員ですね。というのも凄く増えてますし。一番したですね。いわゆるNPO法人特定非営利活動法人と言われるものが1993年時点には制度自体が無かった。それが今2012年時点で46975出来てきていると。いうところと非常に大きな変化なのかなーというふうに感じます。

一方であまり代わり映えがないなーと思うのはまん中の就職人気企業ランキング上位というところかなーというふうに思います。なんとなくいわゆる大企業と言われる所が多くでて来ているのかなーというふうに思いますが。ただ、 細かくみて見たら、会社名ですね、若干、例えば三菱銀行が三菱東京UFJ銀行に化けたり。いうところは変わって来ているのかなーと。

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