HOME   佐藤敏宏が作成しました     2012年  
 
福島第一原子力発電所の事故によって起きている様々な問題を勉強し始めました 勉強過程の記録をつくってみますご活用ください
「新生ふくしま」の原動力としての「社会的起業」の意義と可能性〜福島県での起業支援活動を通じて感じたこ
01 02 03 04  05 06

 05 

ご案内いたしました、seedx見出し、今私  ご協力いただいて進めております事業ですね。

トータル三陸と福島県で33の事業家の方をご支援もしております。内、21件起業家の方が福島県内で事業をされるという、かたちになっております。で、福島県広いんですが、実際に福島県全域で、募集をかけさせていただきましたけれども。実際にお話をしたとおり、12事業体 11ほかにありまして。それぞれね、12事業体があって。ある方がどこか一つにしか応募できないという、なってたりしているんですね。

なので、例えばaと我々みたいな掛け持ちというのが出来なかったりします。あとまあ実際にちょっとね、いわき・・センターのネットワークであったり、そういうものが出てるんじゃないかーというふうに思うんですけれども。 1:05:55


実際一応全県で募集はかけましたけれども、どちらかと言うと会津であったり。会津8件ぐらいの方ですね。いらっしゃると。県外の方が7件。県外の方から新たに福島県で事業を起こしていこうという方々。あと相双といわきがそれぞれ3件さいたくし。中通りが居ないと(吹き出すぶふふふ)いうかたいになっています。

ちょっと不自然な違和感を感じる構成になっているかも分かりませんけれども。事情としては他に、他の事業体の方に応募され採択されていらっしゃる方がひょっとしたら中通りに おいでなのかも分からない。そのネットワークとの関係で会津と、浜と、いうかたちになっていく、中が少なくなっている。という形になっている。のかなーというふうには思います。

それぞれですね。どういう事業をやられようと、しているのか?いうことですね。こちらの、この中にそれぞれ、書いております。

まず、近々、なんとかしなきゃいけないという課題では、まさに相双地区ですね。高齢者の見守りをどうすんだとか、まだまだ避難される方が、けっこう多い中で子育層も残って居る。そういう方々に対する 食環境を、安全安心食をちゃんと届けたいインフラを作りたいと。 1:07:34 子どもも残って居るわけですから、もしくは避難しちゃったけれども避難先でなかなか、教育環境を馴染めなかった。そういう方々で、ぼくの先生の所で学びたいみたいな、そういう声っていうのも。いう処ですね。

それをなんとか、たとえばIcpみたいなものを活用して。外に居る方々を定期的に何かサポート出来る仕組みたいなものを構築しつつ、定期的に何ヶ月かに1回南相馬のね、南相馬にいらっしゃる方が、外で。先生が外に出て。避難所なにかに、というような、仕組みを作りたいという方々とかいらっしゃる。 1:0820

あとそうですね、会津。直接の原発につながる被害っていうのは全く無いですけれども。まさに本当に、農産物が売れない。観光客が減ったと。それを何とか、しなきゃいけない。ていうふうな処から手を挙げておられる。そういう処からひいては公的に高齢化も過疎化という処がある中で、街の方に対する恩返しであったり。誇りであったり、そういうものをもっともっともり立てたいみたいなですね。処から手を挙げていらっしゃる方々が多い。という世界になってます。

あと、いわき。仮設住宅の居住者の健康状態の管理をという処があります。これは必ずしもいわきだけじゃないとは思いますけれども。違う環境になって、なかなか、食生活も偏りガチになっていると。そういう中で、ちゃんと栄養がしっかり取れている、バランスがとれているか。みたいなものをですね。見守り機能で俯瞰をして見ていきたいと。そいうなものを例えば、管理栄養士さん。これも県内でですね、色々と、主婦の方々で。元々ね、どっか管理栄養士として活躍されていたけれども、いまとりあえず辞めてレスキューやってるような方々を含めてですね。

掘り起こして、違い地域でもIcpで。こういう所でご飯をとって、見回ってみたいな。そういうような組織をつくる。みたいなことをやられている方。ですね。いらっしゃいます。

全体的な処でいくと、仕事、雇用創出、みたいな処ですね。がでて来てます。農業、農業離職者みたいな方もでて来て来ている。もともと、農業県で、農業県だから農業を何とかしたいというような文脈で、取り組まれる方もいらっしゃいますけれども、一方でグローバルな意味でパラダイムがなかなか変わって来ているのもあったですけれども。グローバルに打ってでるような。人材をつくりたい。みたいなところで。例えば会津の方で住みながら、グローバルの労働市場に打ってでれるような人材育成できるような。そういう質のプログラムを作りたいとか。

例えばアンドロイドのアイフォンのアプリみたいなものをみんなで開発できるように人材というのを、福島県内で出来るような組織を作っていきたいみたいな。そうい方々がいらっしゃいますね。

そういうグローバル、かつそのこれまで福島県では比較的ちょっと弱かったかもわからない、分野を意識してこれから取り組んでいきたいという方もおられるというような。というふうに思います。

次から3枚目のそれぞれの支援案件。一覧ということで。書かせていただいております。どういう年代の性別の方がどこで何をしようとしているのかなーと。いうところを書いておりますので、後お時間がある時にこちらご覧になっていただいきたいというふううに思います。


丁度 3月11日でまる2年経ちましたけれども。人の意識っていうのが徐々に変わってきているのかも分からない。あとま^−徐々にまだまだ・・ すべきことがまだ残っているところもあれば、少しずつ変わって来るところもあるかもわからない。

あと復興支援の活動というのはいつまでやんなきゃいけないのかな〜。いうところですね。徐々に変わってきつつあるのが、丁度今3年目を迎えた、今の時期なのかも分からないな〜、ところは私も感じております。

ちなみに余談ですけれども、今日ここ福島の話しということで、福島の関係の話しか基本的にしなかったんですけど、ちなみに三陸の方で同じようなことをやってですね。まだまだ津波ですね。津波関係が多いですね。津波の記憶をなんとか残したり、津波のノウハウを、津波の避難をIc機器を使って、まとめて、次にやって来たときに展開したいとか。そういうような方々がいるのかなーというふうに思います

そういう意味では、宮城県はわかりませんけれども、三陸と福島県とでは全く違う方向に向かいつつあるのかなーということは。いま丁度私のこの事業全体の整理をしだしている処なんですけれども。なんとなく仮説として、感じておるところでございます。1: 14:07


次の頁。

これ18年後の神戸市内いうことで。今年のですね1月17日 神戸兵庫県ですね。県紙である神戸新聞。ございます。こちらの一面の広告で載った紙の一部です。実はこの上にちょっといらないやと思って切ったのがあるんですけれども。元元は戦前、昭和10年ぐらいだと思うんですけど、神戸であった大水害。 1:14:52 二つ目は戦争の被災者被災地、で95年の大震災。で、2013年のというような構図になってました。

ちょっと下だけ切り抜いてみて、今回おみせしてますけれども。要は何度も何度も、災害苦難を通り越して、強い街になりましたよねーっというような一面広告ですね。特に95年これも丁度、これ阪神高速という都市高速。で下が国道43号線っていう国道ですね。丁度この2週間前にこの下通ったんですね。おじさん連れて。おじさん連れて通って地震があって、こいうふうになってるの見て、うわーみたいな感じで、おじさんから電話があったんですけど。

丁度そうですね、95年。ちょうど私あのー。京都の宇治という所が実家が在るんですけれども。そこに、こに当時居ました。正直 うちもなんかね。ちょうど5時46分だったんでさーそろそろ起きようか。っていう時だったんですけれども。うちの父親両親、が寝ている部屋の箪笥が倒れちゃったんですね。何かあわよく、運よく助かったみたいなんですけども。ひょっとしたらガッチャンとなりやばかったのかなーというふうになるくらい、けっこう京都でもぐちゃぐちゃになりました。

というかまず、凄く揺れて、テレビつけましたけれども、しばらく神戸だけが全く出ない状態で、震度がずーらっと出て来るので。京都が一番揺れたのかな−というふうに、思ったんですね。だけど、よくよく聞いたら、神戸が一番やばかった。いうことですね。

でまあ実際に本当に私も思いだしているんですけれども、場所によってねー。本当にそのー被害が甚大だった場所が在れば、一方でそれたら全く大丈夫だったみたいな所だったんですよね。

で、そうですね、高速道路が倒れたりとか、最寄りの大学の通学で使った最寄りの駅が崩れたり。とか、そういう所は凄く大変だったんですけれども。そうじゃない所はそうでもないという所はありましした。一方で大学が在った場所の近く、比較的被害が甚大だったという所と同時に、古い木造住宅が非常に多かったということですね。

本当にあのー、柱が非常に古くなっているけれども。立派な屋根瓦のそういう下宿っていうのも非常に多かった土地なので、そういう所には本当に家賃安いので。東南アジアの留学生が非常に多かったんですね。で、そういう支えきれなくなって、がっちゃんと。落ちて。神戸大学で40人近く、特に東南アジアの人が留学の人が亡くなった。 1:17:57

 その06へ